密室に置かれた予告状15

「じゃあ、阿部君宜しく頼んだよ」


 翌日のホームルーム後、葵木が俺の肩をがっしりと掴みながら言った。


「おう、任せとけ」


 とは答えたものの、推理にどう推理させるかの解決案は全く考えて来ていない。


 なんせ課題に夢中になりすぎてしまったからな。

 結局課題の方も解けなかったのだが。


「じゃあ行くか」


 まあなんとかなるでしょ。思いつきでなんとか切り抜ける。


 葵木と連れ立って準備室へ向かっていくと、途中で綾とも遭遇した。


 まあ、同じ場所を目指しているのだから不思議な事じゃないよね。


「阿部君。宜しくお願いしますね」


 心配顔な綾が、ペコリと頭をさげる。

 どうやら葵木からしっかり話は伝わっているようだ。


「任せて下さいよ」


 自信満々に答えたが、もちろん策はない。


 三人連れ立ってさらに進んでいき、部室前にたどり着くと、まだ推理はやってきていなかった。


 普通に考えて同時刻にホームルームが終わったとしても、職員室まで鍵を取りに行く分、推理が遅くなるのは道理だ。


 少し待つかと皆で窓側の壁によりかかり、誰一人口を開くこと無く待っていると、こちらから見れば左側、廊下の端の階段の踊り場から、手だけを出して、手招きをしている人物が居た。



 あそこに居る人物はきっと、紡だ。確認をしなくてもわかる。

 一応、今日の作戦の事は知っているから、なにか俺達に伝えておく事でもあるのだろう。


「ちょっとだけ席はずすから宜しく頼む」


「了解」


 葵木に断りを入れてから踊り場まで歩いていくと、そこには案の定紡が立っていた。俺の姿を見るなり開口一番にこう言った。


「綾から聞いた、今日やるんだろ?」


 しっかり情報の伝達はされていたようで。なんか余計な事をしでかし兼ねないから、紡にら伝えなくても良いかなとも思っていたのだが、伝わってしまった事はもう仕方が無い事と、割り切るしかない。


「全部、心の声がダダ漏れだぞ!」

 

「あっ、すいません。悪気はないんです」


 気づいていなかったが、独り言を言っていたらしい。本当に悪気はないのよ。悪気は。


「悪気はなくても悪意全開だけどな!」


 紡にしては珍しく、的を射た事を言うな。

 

「で、なんか俺に用ですか?」


「あっ!?ごまかすな!やっぱり悪意はあるんだな!?」


「さあどうでしょうね」


 あえて肯定も否定もせずに答えると、紡はぐぬぬぬと唸るが、それ以上は何も言ってくる事はなかった。


「で、なんですか?」


「あー、昨日の夜、考えたんだ。やっぱりあたし本人が、推理の目を直接見て謝った方が良いんじゃないかってさ」


 実際、それはそうかもしれない。しかし、実際にそれをできるものなのだろうか?

 こじれてしまった関係だ。


 しかもお互いに謝るタイミングを、歩み寄るタイミングを逃してしまっている。


 もし謝罪を失敗してしまったら、それこそもう二度と戻れないかもしれないのだ。


「いまさら推理先輩の目を見て、きちんと謝れますか?」


「多分、できる……と思うぞ」


 語尾は消え入りそうなほどに声はか細い。静かな旧校舎の階段の踊り場だからこそ耳にまで届いた。これが、教室のある方の校舎だったら、きっと聞き取れなかった。


「じゃあ一回練習してみますしょう。俺を推理先輩だと思って、目をしっかりと見て謝ってみてください」


 俺では練習台にもならないかもしれないがな。


 紡は深呼吸をしてから真っ直ぐにブラウンの瞳で俺の目を見つめ


「────す、推理、全面的にあたしが、悪いって訳でもないと思うんだけどさ、せ、先輩に、バイクの事で嘘をついてしまったのは、少しはあたしにも悪い所があったのかなとは思うんだ。推理、お前ははどう思ってるんだ?」


「それで謝っているつもりですか?」


「あ、謝ってるぞ!全力で!」


「謝罪というより、良い訳を並べ立てているようにしか聞こえませんでしたね。そんなの聞いたら、推理先輩絶対怒りますよ」


「そ、そうなのか!?」


 驚愕を貼り付けたような表情で紡は固まっているが、本当にさっきのは謝罪のつもりだったのだろうか?


「怒ると思いますよ。しかもかなり。二度と目も合わせてくれないかもしれません」


「そ、そうなのか!?」


「やっぱり、俺達に任せてくれた方がいいかもしれませんね」


 実際は何の策も浮かんでいないのだが、紡に謝らせるよりは絶対にマシだろう。

 

「で、でも、やっぱり直接謝った方が」


「そうですね。────だったらこうしましょう。いいタイミングななったら紡先輩にメッセージを送ります。場の空気が暖まった所で入ってきて。そこで一言、『すいませんでした』の一言だけ言って下さい」


 こうすればリスクは最大限抑え込めるだろう。俺達に火の粉が飛ぶ恐れもかなり小さくできる。


「本当に、それでいいのかな?」


 まるで独り言のように、呟くように紡は言った。

 その零れ出た言葉は、疑いようのない、紡の本心なのだろう。


「とりあえず、連絡先だけ教えておいて貰って良いですか?」


「う、うん」


「大丈夫ですよ。こっちには三人も居るんですから。三人寄れば文殊の知恵って言うじゃないですか」


「もんじゅのちえ?」


 紡とメッセージアプリの連絡先の交換を済ませ、不満顔の紡を踊り場に残したまま、部室前まで戻った。


 葵木、綾の両者二人は、まだ部室前で待機をしていた。まだ推理はやってきて居ないようだ。


「今日は随分と遅いですね」


 俺が二人に声を掛けたタイミングで、俺とはやってきた方向とは逆側の階段から推理は姿を表した。


「遅れて悪かったわね」


 かなり慌てて来た様子で、肩で息をしている。


「いえ、そんなに待ってませんよ。今来た所なので」


「ふーん。今来た所ね……」


 そう言いながら推理は扉の鍵を開くと、扉を開け放った。

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