密室に置かれた予告状16

 推理を除く俺達三人は、いつもの席に座り、推理の動向を見守っていた。


 いつもなら『なにか増えていないか捜査するわよ!』とか『昨日までに現れたか怪文書の推理をするわよ』とか言い出すはずなのに、今日はテーブルの上にリュックを置くと、窓際に移動をして外を眺め始めた。


 しかも、何かを見ようとか、探しているような素振りは見せず、ぼんやりと外を眺めているように感じた。


 葵木と綾も困惑した様子で、声をかけるべきか戸惑っているように見える。


「推理先輩?」


「なによ、真悟」


 顔はこちらに向けず、背中だ答えた推理の言葉にいつものような力強さは感じられない。


「部活始めないんですか?」


「……」


「そうだよ。推理ちゃん早く始めよう!」


「先輩。今日はどこから探しますか?」


 推理は一つため息をついた後、こちらに振り返り、右手を握ったまま頭上に構えると、それを自らの頭へ振り下ろす。


 ポカリと音を立てた後、右手は力を失ったようにだらりと元の位置に垂れ下がった。



「なるほど。そういう事だったのね。合点がいったわ」


「がってん?」


「いいわ。だったら始めましょう。私が怪文書の謎を解き明かして見せるわ」


 ───────────────────────



 俺が誘導するまでもなく、やる気になった推理は、今までのの三点を自らの前に並べさせた。


「まずはじめに言っておくわ。今回の件について、犯行に及んだのが誰で、首謀者が誰かまで既に私の頭の中では全て一つに繋がっているの」


 それが正しいにせよ間違っているにせよ、とりあえずやる気を出してくれて良かった。

 探偵のやる気を出させるために、合いの手の一つくらい入れてやろう。

 推理の推理が間違っていたら、なんとか修正する方向で。十中八九間違っているだろうが。


「全てわかったと言うことですか?」


「ええ。全てバッチリとわかったわ。まず、部室内に次々と現れた物品の数々が何を示していたのかを解き明かしていこうかしら」



 そう言って推理は植木に植えられたジニアを第一に指さした。


「この花、ジニアが示しているのは友情とか、そう言った類の物でしょうね。葵木君が以前、解説してくれたけど、『遠い友を思う』が一番近い物かもしれないわね」



「それは、どうしてそう思ったんですか?」


 不思議そうな顔で葵木がそう問う。

 不思議に思うのも無理はない。推理の出した答えは正解だったのだ。

 複数ある花言葉の中から、偶然にもそれを選んだ。


「なぜ友情だと思ったのか、それを説明するためには、最後に現れたの意味を考える必要があるでしょうね」


 推理が指さしたのは紡毛糸ぼうもうしだ。


「だけど、結論に至る前に、先にコインについて考えてみましょう」


 推理はコインに添えられていた、紙を取り上げ、伏せ字になっている部分を強調するように指さした。


「コインにはオモテと◯◯がある。そして、あの話しには◯◯がある。同じ注釈が付いている事から、同じ言葉が入るということは安易に想起できるわ。この二つに共通して入る言葉はよ」


 推理はペンを胸ポケットから取り出すと、伏せ字になっている部分にウラと書き込んでこちらへ見せた。


「つまり、この怪文書が私に示しているのは、何らかの話しにはウラがあったと言う事。いったいなんの話しと言いたい所だけど、次の紡毛糸の謎が解ければ、私には簡単に解くことができる」


 そう言って次に紡毛糸に添えられていた紙に手を伸ばし、こちらも伏せ字の部分を指差し。


「『紡毛糸ぼうもうしは羊毛を◯◯◯だものである。古代から人類は、を◯◯◯できた』ここに入る言葉は、紡毛糸がどういうものなのか、調べればすぐにわかる」



 推理はブレザーのお腹の部分のポケットからスマホを取り出すと、何やら操作をはじめ、その検索結果をこちらに向けた。


「小さくて見えないでしょうから、読み上げるわね。『紡毛糸とは、羊毛を紡いでできた糸の事である』そう書いてあるわ。つまり伏せ字に入る言葉は『紡いで』」


 スマホを一度テーブルの上に置くと、次に紡毛糸に添えられていた紙の伏せ字部分にペンを走らせた。


「こっちにも同じ文字が入るのだから、『古代から人類は誼を紡いできた』となるわ。この文章が表しているのは、犯人の名前。いえ、主謀者と言った方が正しいのかしら?」


 推理は呆然とする俺達を置いてけぼりに、ツカツカと扉の方へ歩いていくと、凄い早さで扉を開いた。


「ひっ!?」


 扉の向こうには、そこには居ないはずの紡が立っていた。


「犯人はあなたなんでしょう。紡。────久しぶりね」


「あ、あ、あ、あ」


 紡は突然目の前に現れた推理にテンパった様子で、目を見開き、壊れたロボットのように、同じ言葉を繰り返すだけだった。



「とりあえず入りなさい。綾の横に座りなさい」


 推理に促されるまま、紡は部室内に侵入してくるが

 どうも動きがぎこちない。

 手足は同時に出ているし、ギチギチと言う音が聞こえて来るんじゃないかと思うほど、硬い。


「大丈夫か?」


 手を差し出そうとすると、紡はカラクリ人形のような動きでこちらに振り向き。


「ダ、ダイジョウブ」


「そ、そうか」


 紡が座ったのを見届けてから、推理は六枚のコインを取り出した。


「じゃあ続けさせて貰うわ。話のウラと言うのは、────もう話す必要もないわよね。みんな知っているんでしょう?」


 推理は俺達一同全員、順番に目を合わせ、一呼吸置いてから続けていった。


「今回の怪文書事件の犯人は、この場に居る私以外の全員よ!」


「お、お見事です!」


 ひょうきんに合いの手を入れる葵木に推理は諭すように諌める。


「葵木君。こんなの当事者なら誰にだって解ける問題でしょう」


「そんな事はないと思いますよ」


「みんなに気を使わせるなんて、部長として失格ね。悪いんだけど、今日の所はこれで解散と言うことでいいかしら?」



 これで終わって良いのか?俺はそうは思えないが、とても口を挟めるような空気ではなかった。


「あの、推理ちゃん。せめて紡とお話だけでも……」


 そんな空気の中、綾が口を開く。

 本来なら紡が何かを言わなければいけない場面だと思うが、借りてきた猫状態の紡には酷な話か。


「ああ。当然紡には残ってもらうわよ。紡と私を残して今日の所は解散。さあ、帰り支度をして、早く部室を出て」


「えっ!?」


 驚愕の悲鳴と、俺達三人の戸惑いの空気が部室内を包み込む。


「大丈夫。とって食ったりしないから」


 朗らかな笑みを称え、推理は俺達を無理矢理に部室から追い出しにかかる。


 かなり困ったような表情で、助けを求めるようにこちらを見る紡には申し訳ないが、残る事はできなかった。


「じゃあまた明日」


 どうすることもできず、廊下に追い出された俺達は、別れの挨拶を済ませると、昇降口へあるき出す。


 その背中に、扉が閉まる寸前、推理が一言だけ投げかけてきた。


「内緒話をするなら、しっかり隠れてしなさいよ」

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