残された課題

 紡と推理の一件の翌日。


 学校へ続く長い坂道の下で、ばったり葵木と鉢合わせた。


「やあ、おはよう」


「おう、おはよう」



 爽やかな笑顔を浮かべて葵木は俺の横に並び立つ。


「今日は綾先輩と一緒じゃないんだな」


「えっ?まあそうだけど」


 葵木は俺の言った事が理解できないと、不思議そうな顔をしているが、この歳事をはっきりとさせてやろうか。


「お前、綾先輩と付き合っているんだろ?」


「いや、そんな事はないけど。なんでそう思ったんだい?」


 この後に及んでしらばっくれるつもりなのか。

 俺は知っているのだ。葵木と綾が朝早く、公園で密会していた事を。


 坂を登っていき、ちょうど公園に差し掛かったあたりでこれ見よがしに公園を指差し、言ってやった。


「お前さ何日か前、あそこの公園で綾先輩二人で座っていたろ?」


「あー、あれか。綾先輩から紡先輩と推理先輩についての相談を受けていたんだよ」


「嘘をつくにしても、もっとうまい嘘をつけよな。そうだったとしても下心はあったんだろ?」


「下心?ないない。そんな物は一切ないよ。綾先輩は魅力的な人だとは思うけどね」


 爽やか笑顔で軽くかわすと葵木は歩く速度を早めた。

 なんだ。やっぱりあるんじゃないか。


 これ以上からかうのもなんか可哀想な気がして、話題を変えてやることにした。


 そういやまだ葵木に言ってない事があったよな。



「あっ、そうだ。真理部のみんなには報告できていなかったんだけど、俺達が入部した直後になくなった課題あっただろ?」


「課題?……あー、そんなのもあったね。いったいどこに行ってしまったんだろう」


 俺はその場に立ち止まり、背負っていたリュックを体の前方に持ってくると、中から一枚のクリアファイルを取り出した。


「どうかしたのかい?」


 不思議そうな顔で、俺の手に握られているクリアファイルを覗き見る葵木。


 課題そのものを知らない葵木に、これが何なのか判断することはできないだろう。


「これがその課題だよ」


「本当かい?これが……」


 恐る恐ると言った感じで葵木は俺からクリアファイルを受け取ると、交互に表と裏を眺めていた。


 葵木に渡したのは、新たに見つかった課題のコピーであり、俺が切り貼りした物ではない。折り目も入っていなければ、まだまっさらな状態の物だ。

 プリンタの都合上、紙は正方形ではなくb4洋紙という違いもあるが、そこはご愛嬌だろう。



「茜さんがどこかから見つけてきてくれたんだ」


「あー、たしか真理部のOGなんだっけ」


 納得がいったと、葵木は二度頷いた。


「それにしても、また暗号文なんだね」


 葵木が見ているのは、表の部分。


『十字を切りて、整列させよ』


「しかもそれ、二重暗号だからな」


 俺の解き方の方向性が正しいとも限らないけど。


 言ってから、切り貼りした方のクリアファイルを渡してやると、裏を見て、葵木は一言。


「なるほど。十字を切るって紙を物理的に切るってことだったんだ。よく思いついたね」


「ほら、葵木が用意したコインあったろ。イギリスのお金だっけか?あれがヒントになって思いついたんだ」


「なるほどね。それにしても、この点と線。どこかで見たことがあるような気がするんだ。何だったっけかな……」


 そう言って、しばらく考え込むが、思い出せないようで、曖昧な笑みを浮かべてこう続けた。


「放課後辺りまでには思い出せるように頑張るよ」


「期待しないで待っとく」


 新しいほうのクリアファイルだけを葵木の手元に残し、切り貼りした方の課題はリュックにしまい直すと、また坂道を登りだした。


 お互いに無言のまま少し坂を登った辺りで葵木は何かを思い出したように、唐突に口を開いた。


「そう言えばさ、あのコインの話しなんだけどね、暗号として、あのコインにはもう一つ意味を込めていたんだ」


「ふーん。どんな?」


「バラバラになっても、心は一つですよって」

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