UMAの本懐6

 推理の後を追って、沢沿いを駆け上って行くと、人だかりができていた。


 集っている皆が身を乗り出して、崖の下を覗き込むようにしていた。崖とは言っても切り立った崖、という訳ではない。何かに掴まりながら降りれば降りられない事はない、といった程度の斜面だ。


「はいはい。運営として言わせて貰うと、危ない行為は謹んでちょうだい。みんな下がった下がった」


 推理は運営としての意識も持っていたのか、人だかりの整理を始める。


 みな大人しく推理の指示に従い、崖から離れる。集まっていたのは総勢十人。名前入りのジャージで参加している坊主頭の三人組。家族連れと見られる四人組。おじいさんおばあさんの集まりの三人組。


 その中の坊主頭の三人のうちの一人が、息巻いて語尾を荒らげ推理に食い下がった。


「あんた、さっき司会やってたお姉さんだよね?俺達ツチノコ見つけたんだけど、俺達が一千万貰えるって事で良いんだよね?」


 どうも少し口の悪い坊主頭は推理の眼前で迫るが、推理はそれをヒョイと躱すと指を立ててこう言った。


「ダメね。生け捕りにしてないから」


 最もな事を言っているのは間違いないが、そんな説明してたか?と思考を巡らせてみる。

 ___してないよな。厳密には賞金の説明もしていなかった気がする。

 何から何までガバガバだな。ここの運営大丈夫か?


「そんなの聞いてねえよ」


 ごもっともなツッコミだ。俺だってそう反論すると思う。____言い方はもう少し考えるだろうが。


「それを言ったら、賞金一千万円って説明もしていないはずよ。違う?」


 たしかにそれはそうだが、広場入り口の看板には、デカデカと賞金一千万と掲げられていた。無理のある言い訳にも聞こえるが。

 というか、そもそもどこから出るんだよその賞金。街の規模からしてもそんな財源は無いように思えるが。

 そもそも、ツチノコが居ないことを前提として、町おこし的にやっているものなのだろうか?


 なんて【ツチノコ捜索】と銘打たれたイベントのカラクリを解き明かそうとしていると、推理に押され気味の坊主頭が反論を試みる。


「そ、それはしれねえけどさ。看板に書いてあっただろ」


「それは____そうね。そこについては私が悪かったわ。でもね。生け捕りにすることが大前提。『居ました!』『そうですか』で通じるほどこの世の中は甘くないの」


「でもよ。本当に居たんだよ。ここの斜面をゴロゴロと転がるようにして下っていったんだ」


 坊主頭は頭上に両手を伸ばし、フィギアスケーターがクルクルと回るような仕草をしてみせた。


「もし、あなたが学校で出席を取る時間に返事を返さなかったする。それで欠席扱いになったとして、反論できるかしら?『その時間には居ました!』『そうか』とはならないわよね?それと同じことよ」


 かなり暴論と言える理屈を振りかざす推理。しかし坊主頭はそれで納得してくれたのか一歩下がった。


 その変わりに、メガネをかけた坊主頭が変わりに発言をした。


「でしたら、生け捕りにして、本部に連れていけば良いんですか?そうすれば一千万円は支払われると?」


「それができればね」


 居ないはずの物を、あたかも本当に存在していたと言い張る真面目そうな坊主頭。なにか理由があるのだろうか?少し気になる。


 推理と坊主頭とでやりとりが繰り広げられている所で首を突っ込むのは少し気が引けるが、好奇心は抑えられない。


「ちょっといいかな?少し話を聞かせて貰えるかい」


 メガネ坊主頭は怪訝そうな瞳をこちらに向ける。


「……はい。なんでしょう?」


「君達はここで、ツチノコの様な物を目撃した。それは間違いない?」


「はい。最初に佐藤が見つけました」


 メガネ坊主頭は、推理と最初に話していた言葉遣いの悪い坊主頭を指さした。


 なるほど。この子は佐藤って言うのね。

 俺は佐藤の方に向き直り、再度質問を続ける。


「佐藤君」


「なんだよ?」


 やはりこの坊主頭、態度が悪い。見た感じ中学生くらいに見える。一応俺のほうが年上だと思うんだけどな。


「佐藤君はここでツチノコの様な物を見つけた。それは間違いない?」


「そうだけど。なんか文句あんの?」


「なにかと見間違えた、という訳ではないんだね?」


「んだよ!?俺の目が節穴だって言いてえのか?」


「そういう訳じゃないよ。気分を害するような事を言ってしまったのなら謝るよ。ごめんね」


「別に、いいけどよ」


「こいつ、口は悪いんですけど、悪いやつではないんです。だから勘弁してやってください」


 横で静観していた特徴のない坊主頭が口を挟んできた。


「君は?」


「有藤っていいます。あっちのメガネは伊藤です」


 紹介を受けて真面目メガネ、伊藤がペコリと頭を下げる。


「あー、俺も挨拶してなかったね。俺は阿部真悟、こっちのお姉さんは雨宮推理」


 推理は『よろしく』と二本指を立てて挨拶。男前だな。



「それでだ、君達は本当にツチノコを見たんだね?」


 ツチノコなんてものは存在しない。そんな事は誰にでもわかりきっている事だ。同列に語られるUMA。カッパだって存在しないし、急に相撲を挑まれる事もない。

 ネッシーだって存在しなければ、撮影された写真は後に捏造だったと暴露された。


「はい。見ましたよ」


 特徴のない坊主頭、有藤がそう答えた。


 まっすぐに目を見てみるが、逸らす気配はない。


「君も?」


 メガネ坊主頭の伊藤にも同じ質問をしてまっすぐに目を見た。


 伊藤も同じくコクリと頷き、目を逸らさない。

 最後に佐藤に視線を送る。


「んだよ。見たって言ってんだろ」


 佐藤は視線を合わせようとはしないが、嘘をついているようには見えない。


 家族連れと、年寄りのグループにも同じ質問をしてみるが、帰ってきた答えは、『俺達と同じように叫び声を聞いてやってきたからわからない』だった。


 つまり現状の目撃情報は、この坊主頭の三人組のみという事になる。


 となると、この三人にはバイアスが掛かっていて、見間違えた可能性が高いと思われる。



「ツチノコを発見した時、どんな状況だった?」


「そこの木の幹に寄りかかるようにしていました」


 伊藤がそう答えた。残りの二人もそうだと頷く。


「寄りかかっていたってどんなふうに?」


 木の幹に一番近いところに居た有藤が、状況再現といった感じに背中を預けて幹の根元に座ってみせた。


「こうやって、背中を預けて座っていました」


「背中を預けてね……」


 ツチノコが背中を預けて座っているように見える状況などあり得るのだろうか……

 少し思考を巡らせてみるも、答えにはたどり着けない。うむ。


「ちょっと、私からも聞きたい事があるんだけど良い?」

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