謎のプリント6

 階段を駆け上がり、二階にたどり着くと、を探した。


 同一の名前の教室が複数存在する可能性もあったけど、通りかかった上級生に確認をしてみると一つしかないことがわかった。


「ねえ、阿部君、説明してよ」


 息も絶え絶えに付いてくる葵木だが、まだ俺たちの目的地は話していない。


 葵木の問いかけには答えずに、上級生に教わった道順を正確に進んでいく。


 普段はあまり使われていない教室群の間をぬって進んでいくから、廊下には静謐せいひつさがあった。

 それは、完全下校時刻が近いせいかもしれない。


 俺たちは準備室とだけ記された部屋の前で足を止めた。

 なんの為の準備室なのか説明すらないその札を見て思わず笑みが溢れた。


 しかし、今はそんなことはどうだっていい。


 中から人の気配は感じられないが、扉に手をかける。軽く引いてみると鍵は掛かっていない。

 どうやら当たりを引いたようだ。


 一気にガラガラと扉を開くと、複数並べられた長机に退屈そうな面持ちで座る美少女の姿があった。


 その退屈そうな美少女は、扉を開いた俺の姿を確認した瞬間、表情を驚愕へと変へていく。


 そして、次の瞬間には満面の笑みを浮かべて椅子から立ち上がり言った。


「君は、確か……阿部君だったかな?

さーすが!私が期待していただけのことはあるわね。まあ良いわ。入りなよ。残された時間も少ないしね」


 背中からは『どういうこと?』と聞かれたが構わずに準備室の中へと進む。


「どっちが解いたの?やっぱり阿部君かい?それともそっちの君?」


「二人で解きました。こいつはクラスメイトの葵木っていいます」


 葵木は反射的に頭を下げて受け答えをする。


「あ、どうも植物の葵に木と書いて葵木と読みます」


「こちらは一学年上の雨宮先輩だ」


「天気の雨に宮崎県の宮、推理小説の推理と書いて推理だ。宜しく。本当はもう一人メンバーがいるんだけどね、今日は早仕舞いしちゃったんだ」


「それって橋渡さんのことですか?」


「そうそう。さすが阿部君。鋭いね。まあ座りなよ。入部届けも書いてもらわなきゃならないしね」


「えっ入部!?どういうことです?」


 そこに関しては俺も意味不明だったが、葵木が先に声をあげたものだから任せることにした。


「君たちが解いた暗号文はいわば、入部試験だったってことさ。この真理部に相応しい人物なのかどうか、そのテストだったわけだ」


 あの暗号にはそんな意図があったのか。母さんらしいな。


「真理部……?何をする部活なんですか?」


「元々は学内の困りごととか、不思議なことを推理したり推察する部活だったらしいんだけどね、今は卒業生から残されたを解いたり、不思議なことを持ち寄って、わいわい活動しているのさ」


「なんかよくわからない活動方針ですね」


 葵木がハッキリ物申すと、推理は苦笑いを浮かべた。


「君たちも課題を見れば納得してくれると思うけどね。ここの卒業生だった藤野真理ふじのしんりさんが作った問題は中々の難問なんだ。彼女は噂に違わず、相当な切れ者だったらしい」



 藤野真理。その名を聞いた瞬間心臓がトクンと跳ねた。

 俺が探し求めてまでわざわざ西高にまでやってきた意味が、意図せずに転がり込んできたのだから。



「俺。入ります。真理部に」


「えっ!?本気?」



 葵木は俺の顔を驚きの表情で覗き込むが、俺の意志は堅い。気が変わって断られたとしても頼み込んででも入れてもらうつもりだ。


「本気も本気です。推理先輩よろしくお願いします」


「うんうん」


 推理は満足そうに二度頷くと、テーブルの下からリュックを取り出した。

 そしてリュックを漁り、入部届けを二枚取り出すとそれぞれを俺、そして葵木の前に置いた。



「じゃあ阿部君はさっさと書いちゃって。で、君はどうするのかな?」


 推理の視線は葵木へと注がれていた。


 葵木はテーブルの上に置かれた入部届け、俺、推理を何度か見渡した後に観念したように言った。


「どうせ何もやろうと思ってなかったので……阿部君が入るなら、僕も入りますよ。────真理部に」


「よっしゃ。これで廃部を間逃れた!」


 推理はなにかを成し遂げたスポーツ選手もびっくりのガッツポーズを決めると、俺たちの気が変わらないうちに早く書けと催促してくる。


 俺はすぐに学年、クラス、名前を記すとそれを推理に手渡した。部活欄にはもちろん母さんの名でもある『真理』と大きく書いた。


「僕も書くけど、ちゃんとネタバラシはしてね」


 あー、そういやさっきの暗号のネタバラシもまだだったか。


「おう」


 葵木も入部届けを書き終え、それを推理に手渡すと、推理は満足そうに大きく頷いた。


「じゃあ今日の所はこれで解散だ。部活は明日からとしよう」


「えっ、なんでですか?」


 俺の問いに推理は苦笑いと共に、教室の壁を指さした。


 そこには壁掛け時計があり、針は五時五十八分を指し示していた。


「完全下校時刻まで、あと二分しかない。荷物をまとめたらすぐに出よう」


「じゃあせめて卒業生の課題だけでも見せてもらうことは……」


「課題は逃げたりしないよ。さあ早く出た出た」


 推理に押し切られる形で、納得の行かぬまま廊下まで押し出される俺と葵木。


「じゃあ明日の朝、七時集合ね」


「はい?……文化部ですよね」


「そう。真理部は文化部さ」


「朝に集まる必要があるんですか?」


 当然湧き出るであろう疑問を葵木がぶつけるが、推理は眼前で二度指を振ってみせた。まるで俺たちにわかってないなーと言わんばかりに。


「難しいタスクは、朝起きたばかりのフレッシュな状態の脳で臨むのが一番良いとされている。とっても効率的だと思わない?あっ────」


 推理が言い終えるのと同時に、完全下校時刻を知らせるチャイムが鳴り響く。


 推理は振り返り、しっかりと準備室の扉が閉まっているか確認をしてから鍵を差し込み、回した。


「じゃあ私は職員室に寄って鍵と入部届提出してから帰るから。また明日ね」


 踵を返し推理は廊下の奥へ向かい、踊り場の方へと曲がる。そして完全に姿が見えなくなった。


「……帰るか」


「そうだね」


 昇降口に向け、俺と葵木は歩き出す。リノリウム張りの廊下をコツコツと音を鳴らしながら二人歩いていると、何かを思い出したように葵木がこちらに視線を向けた。


「……そうだ、まだ聞いてなかった。謎解きの答えを教えてよ」


「あー、あれな。簡単なことだ。葵木も少し考えればわかると思うけどな」


「少し考えてみて、わからないから君に聞いているのさ。もったいぶってないで、早く教えてくれない」


「最初に俺、間違えたろ?」


「阿部君が、最初に間違えた……?」


 葵木は少し考え込むような仕草を見せたが、すぐに「ああ」とため息のような声を漏らす。


「縦読みしたんだっけ」


「そう、それだ」


「僕たちが西高の準備室までやって来たことと、それがなんの関係があるんだい?」


 ここまでヒントを出しても、まだ葵木はわかっていない様子だ。もう一つヒントをくれてやろう。


「暗号の下のヒントの部分にはなんて書かれていた?」


 今、この場にあのプリントは存在していない。

 記憶を振り絞るように葵木は口を一文字に結んで首を捻る。


「たしか、『新入生達へ。私達から贈る言葉だ。この通りにすればきっと、高校生活はうまくいくはずだ。時々は振り返りたくなることもあるだろうけど、前だけを見て』だったっけ?」


 完璧に一語一句全てあっているかは確認のしようがないが、ほぼほぼ正解であろう文章をものの数秒で暗唱してみせた。


「凄い記憶力だな」


「まあね。ってそんなことは良いんだよ。早く答えを教えてよ」


 葵木は既に自分で答えを導き出すのは諦めた様子だ。あと一歩で簡単に答えは出るはずなのに。


「このヒントで重要なのは『時々は振り返りたくなることもあるだろうけど、前だけを見て』なんだ。振り返りたく〜の部分は葵木も理解している通り五十音順で一つ前の言葉にすることだったよな?」


「うん。そうだね」


「最後の謎を解く鍵は後半の『前だけを見て』にあったんだ」


 前だけを見る。言葉通りに受け取るなら後戻りはするな。と言う意味にも取れるが、このヒントとしての意味はそのままの意味で受け取れば良かったのだ。


「前だけを見る。すなわち文頭の一文字だけを読めば良かった。ちなみに文頭だけを縦読みすると『ニカイジユンビシツマツ』になるんだ。それを読みやすく直してやると『二階準備室、待つ』となるわけだな」


「なるほど。あの暗号文は二重に解読する必要があったってことなんだね……」


 葵木は感心したように何度か頷くと、ニコリと笑いマジマジと俺の顔を覗き込むようにして言った。


「プリントの暗号文のように、楽しい毎日が待っていそうだ」


 そして正面に向き直ると、小さな声でこう付け足した。

「君と一緒なら」と。

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