消えた課題4
「では、まず状況の整理をしましょう」
そう言うと、推理はどこからか運び込んできた移動式の黒板をパンと叩いた。
「じゃあ、綾。書記をお願い」
推理から向かって左側に座っていた綾を名指しで指名すると、黒板を叩いた方とは逆の手に持っていたチョークを差し出した。
綾はなんの疑問も持たず「は、はい!」と元気よく返事をするとチョークを受け取り、黒板の前に立った。
それを確認して、満足そうに頷いてから推理は神妙な面持ちで話し始めた。
「では、まず課題が盗み出された推定時刻からね。これは昨日、私と真悟君達が別れから、今朝、私達四人が準備室に踏み込むまでの間に起こった出来事って事で間違いないわよね?」
綾と葵木はその問いに頷いて見せるが、俺は反論を試みる。
「いえ、それ以前に課題がキチンとその棚に置かれていたかどうかは、俺と葵木にはわかりようがありません。まず第一に現物を見たことがないので」
少なくとも俺と葵木は『課題』そのものをまだ見たことがない。
綾と推理はその棚に保管されていたと言うが、それは二人しか知り得ない事実なのだ。
つまり課題の在り処を知らない、俺と葵木は容疑者にはなり得ない。
いずれかの理由で葵木が課題の在り処を知った可能性もあり得るが、昨日、推理と別れてから家まで一緒に帰った事から、その可能性はかなり低いと言える。
「なるほど。一理あるね。綾、メモって」
「はい」
綾は返事を返すと、黒板の上部に俺と葵木の名前を書き、その横に注釈を付けて『課題の場所を知らない』と書き足した。
「他に意見はある?」
「はい」
恐る恐ると言った様子で葵木が手を挙げると、推理はどうぞと葵木に発言を促した。
「えっと、さっき阿部君も言っていたのですが、この部屋の中に本当に課題はあったのでしょうか?」
「そ、それは間違いなくありましたよ。私もよく確認していたので」
推理を擁護する発言をしたのは綾だ。綾の様子からも、昨日まで課題が棚に存在していたは事実のようだ。
それに、課題が実際にあったのか、無かったかを議論するのは水掛け論でしかない。
現状、課題はあったと仮定して議論をするのが最善だろう。
「では先輩方。この場では課題はここにあったと仮定して話を進めましょう。俺と葵木からしてみれば、見たこともないものなので。でないと話が前に進みません。葵木もそれでいいな」
自ら言い出した事ではあったが、場の混乱を招くのは本望ではない。
三人はそれぞれ頷いて肯定してくれた。
これで一歩進める。
「うむ。では、話を戻す。犯行推定時刻は昨日、私と二人が別れてから、朝四人が教室に踏み込んだ瞬間までという事で間違いないね?」
綾と葵木は頷いて肯定するが、それは違う。
「朝、俺と橋渡先輩が準備室に到着した時には、既に葵木が到着していました。___つまり、今朝、葵木が到着した時間までが犯行時刻と言うことになります」
「ちょ、ちょっと待ってよ。それじゃ僕が犯人みたいじゃないか」
慌てて葵木が俺の発言を遮る。
「べつに葵木が犯人だと断定して言っているわけじゃない。あくまでもも犯行可能な時間を示しているだけだ」
「うむ。たしかにな。綾、メモしてくれ」
綾は二つ返事で黒板に犯行推定時刻と書き足し、放課後〜今朝葵木が到着するまでと記した。
それを見た葵木は苦笑いを浮かべ、「これじゃ僕がやったと言わんばかりだ」と呟いた。
「仕方がないだろ。それが状況証拠ってもんなんだから、鍵が開いていなかったのならまたそれも変わってくるんどけどな」
「もし、僕を疑っているのなら、リュックの中をここで見てもらっても良い。なんなら服だって全部脱ぐよ?」
その発言を受けて綾はヒャと小さな声を漏らす。
女子二人がいる教室内でその発言は控えて貰いたい。
「服を脱ぐのはやめとけ。葵木の気持ちがそれで晴れるなら、の中だけでもチェックしとくか?」
葵木はうんと返事をすると、俺の前にリュックを突き出して来た。
そのリュックを受け取り、全員に見えるように中を晒す。
全部取り出して机の上に並べてみるが、それらしき物は見当たらない。
現物を知らない手前、推理にも確認を求めると、「無いね」とお墨付きを貰った。
「葵木だけ荷物見せたんじゃフェアじゃねえよな」
次に俺のリュックを確認してもらう。
当然、怪しい物が出てくるはずもなく荷物検査は通過する。
続いて推理、綾の荷物も確認するが課題が出てくる事は無かった。
「うん。これで現状での全員の身の潔白は証明されたわけだ」
そう言って推理は頷くが、そんな事はない。
なんせ______
「______どこかに隠している、可能性もあるので全員の身の潔白が証明された訳ではありませんよ。それに昨日、犯行が行われた可能性だってあるわけですし」
「君は中々に疑り深いね。少しは仲間を信じてもいいんじゃないのかい?」
少しうんざりした様子で推理は俺の顔を覗き見るが、俺はなるだけ笑顔を作って答えた。
「いえ、あくまで可能性の話しですよ。疑っている訳ではありません」
「それを疑ってるって言うんじゃないのかな」
うんざりしたような目つきで葵木もこちらを見ていた。
「……まあいいわ。綾。荷物検査の結果、四人からは見つからずって書いておいて」
「う、うん」
綾は少し戸惑いの表情を見せるが、推理の言いつけ通りに黒板にメモをしていく。
「じゃあ、次は______」
推理が次に口を開いたタイミングで、朝の予冷が鳴り響く。
「もうこんな時間なのね。じゃあ、朝の部活はここまで。また放課後に続きをやるから、各自自分なりの推理を考えておくように」
「えーっ!推理ちゃん。私に推理なんて無理だよー」
泣き言を言う綾の頭をポンポンと撫でてから推理は続けてニコリ微笑み言ったのだ。
「綾には期待してないから!大丈夫よ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます