消えた課題5

 犯人は誰か。

 まず、何から考えれば良いのか、頭の中を整理するためにまっさらなノートに書き出すことにした。


 犯人を断定するのに必要なのは、まずはアリバイだろうか?犯行が可能でないとまずその人物は犯人になり得ないのだから、逆に言えば消去法で犯人でありえない人物を絞る出す事ができるはずだ。


 まず今現在の状況から、犯人になりえない人物を考えてみる事にする。


 推理は放課後、一人で鍵を返しに行き、そのまま帰宅した。

 鍵を閉めた所を俺と葵木とで確認はしてはいるが、俺達二人が立ち去ったあとに舞い戻り、課題を持ち去る事は可能。


 綾は当日、俺と葵木が準備室を訪れた時には既に下校していた。

 しかし、それを証明できる人物は推理しかおらず、推理が鍵を職員室に戻した後、鍵を持ち出して課題を持ち出す事は可能。


 葵木は俺と一緒に帰宅したあと、学校に舞い戻る事は可能だった。

 職員室に鍵を戻すと推理が発言していた事からも、鍵の置き場を探る事は可能だったと思われる。

 課題の存在を知らなかった可能性は高いが、持ち去った物が課題だったと考えるならば矛盾は生じない。


 そして俺。

 俺自身の事だから、俺が課題を持ち去ったりしていない事は間違いない事実なのだが、それを真理部の三人に証明する事はできない。


 ……つまり、今現在持っている情報だけでは犯人になり得ない人物を断定する事はできない。


「別の方向から考えるべきか……」


 振り出しに戻ったとも言えない、いくらサイコロを振っても、振り出しから進む事のできないスゴロクをさせられているような気分だ。


「阿部君。随分難しい顔をしているねー。少しは先生の話も聞いてほしいものだけど」


 不意にかけられた声で我に返る。

 ここは教室で、ホームルームの最中だったはずだが、周囲の様子から見るに既に放課後を迎えてしまっているようだ。


 横から声をかけてきたのは目元に金縁がキラリと光る担任教師兼真理部の顧問である屋敷先生だった。


「聞いてますよ。いや、聞いてました」


 慌てて取り繕うが、机の上に広げられたノートを見られただけで全て台無しだった。

 もちろんと言うべきか、それを見た屋敷先生は苦笑いを浮かべ、「うんうん。楽しんでいそうでよかったよ」

 とフォローを入れてくれた。


「一つ確認なんだけどね、阿部君は真理部に入ると言うことで間違いはないんだよね?」


「はい。昨日雨宮先輩に入部届けを提出しました」


 屋敷先生は柔らかな笑顔を浮かべ二度頷いてから言ったのだ。


「うんうん。それは良かった。良かったよ」


 俺の事を見ているのだけど、まるでさらにその向こう側を見ていると錯覚するような遠くを見るような目つきだった。


「どうかしたんですか?」


「いや、なんでもないんだよ。気にしないでね」


 屋敷先生は金縁を人差し指でカチャリと上げ直すと再度口を開く。


「あっ、そうそう。真理部の顧問は僕だから。これからよろしくね」


 差し出してきた右手に俺も右手を差し出してガッチリと硬い握手を交わし俺は頭を下げる。


「はい。こちらこそ宜しくお願いします」


「お母さんにそっくりだ」


 聞き取れるか聞き取れないか、囁くような声色で、屋敷先生は言った。

 おそらく俺に聞き取られるとは認識していなかった一言。意図せずに発してしまった心の中のつつやき。


「はい。なんですか?」


 それを証明するように屋敷先生は俺の問いを「いやいや、なんでもないんだよ」と否定する。


「じゃあ僕はやらなきゃならないことがあるからなんかあったら職員室にいるからって雨宮君に伝えておいてくれるかな」


「はい。わかりました」


 慌てた様子で屋敷先生は教室を後にした。

 それと入れ違いで葵木が教室に入ってくる。

 ハンカチで手を拭いている所を見るにトイレ帰りだろうか。


「阿部君。ホームルーム中もずっと考えていたみたいだけど、犯人はわかったのかい?」


「いーや、さっぱり」


「そうかい」


 言って葵木は自分の机の横にかかっている鞄に手をかけた。



 それを見て俺は慌てて机の上を片付けて鞄の中に放り込む。


「じゃあ、部室行こうか」


「ああ」


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