消えた課題6
「二人に大ニュースがあるわよ」
葵木と俺、二人揃って準備室もとい部室に入った瞬間だった。扉の正面、移動式の黒板を背にして座る推理が嬉々として、ハキハキとそう告げた。
大ニュース……。盗まれた課題が見つかったのか、犯人を特定する事ができたのだろうか?
俺がごちゃごちゃ考えていたのも無駄だったのかと残尿感のような物を覚えつつ、朝と同じ席に腰を下ろしながら質問をしてみた。
「課題見つかったんですか?」
推理は俺の質問が理解できないと言わんばかりに、眉根を寄せる。
「あー、そう言われてみれば、そんな事もあったわね」
あっけらかんとそう言い放つ推理に、俺は違和感を覚える。
朝はあんなに課題に執着していたのに、まるでそれが演技であったかのような変わり身。
まるで課題の行方を知っていて、心配するような事はないと理解している者の反応だと思えた。
そんな推理としばらくにらめっこをしていたが、推理は俺から目をそらす事ない。
「では、大ニュースとはなんの事なのでしょうか?」
しびれを切らしたのか口を開いたのは葵木だった。
すると推理は俺から視線を切り、対面に座る葵木に視線を送る。
そして、よく言ってくれたと言わんばかりに「流石ね」と賛辞の言葉を送り、続けてこう発言したのだ。
「今週末、あなた達を迎えて初の外での課外活動を実施するわ!さあ綾、黒板に書いてちょうだい」
「は、はい」
綾は推理に促されるまま黒板の前に立つと、白いチョークを使い、可愛らしい文字で『課外活動』と書き上げ、推理の方へ向き直った。
「グッド。上出来ね。じゃあ阿部君。課外活動は何をすると思う?」
「俺ですか。うーん……課題を探しに行くとかですか?」
「バッドね。課題からは離れて考えなさい。じゃあ葵木君」
「えー何でしょう。それは外でしかできない事なのでしょうか?」
推理は満足そうに頷いてから答える。
「良い質問ね!外でしかできない。とも断言できないわ。論議をぶつけ合うだけなら、この狭い準備室でも事足りるでしょうね。しかし、現地に足を運ぶというのも大事な事なんじゃないかも私は思うのよ」
答えになっているのか、なっていないのか微妙に判断のつかない答えを並べ満足気に答弁を締める推理。
「なるほど」
何に納得したのかは分からないが、何故か葵木は感心した様子だ。
「推理力の足らないあなた達じゃ埒が開かなそうだから、今回は特別に答えを教えてあげるわ」
何故か準備室内にはパチパチと拍手が上がっていた。主に綾と葵木の頑張りである。
「今週末はツチノコを探しに行くわよ!」
推理は力強くそう言い放つと、不惑の笑みを浮かべ綾に書き記すようにウインクを送る。
綾も思い出したように黒板に向かい『ツチノコ探し』と書き記す。
「ツチノコって……あのツチノコですか」
「阿部君と私のツチノコの認識が正しいのかは定かではないけど、日本では古来から蛇の一種として存在していると言い伝えられているUMAよ」
UMA。たしか未確認生物の意味を持つ和製英単語Unidentified Mysterious Animalの単語の頭文字三つから成り立っている。
生物学にまだ確認されていないとか、そんなんだったってのは記憶している……が、
ここは真理部であってオカルト研究部ではなかったはずだ。そんなありもしない物を高校生にもなって探すなんてとても馬鹿げた話だ。
しかし、それを綾も葵木も否定するような素振りはまったく見せない。
「推理先輩一ついいですか。それは真理部の活動方針として正しいのでしょうか?俺の勝手な解釈なのかもしれませんが、部名にもあるように『真理』を追い求めるのが本筋なんじゃないんですか?」
俺のそんな真っ向からの意見も余裕綽々と言った様子で推理は人差し指を何度か眼前で振ってから答える。
「阿部君。あなたは勘違いしているようだわ。でも正しく理解もしているようね。だったら話は早い」
推理は立ち上がると、綾からチョークを奪い取り、黒板に向かう。
そして、綾がせっかく書いた可愛らしい文字を全て消してから、デカデカと真理部と書いてからこちらに向き直る。
「阿部君の言う通り、真理部は真の
「はい。えっと……ツチノコが存在していることの証明でしょうか?」
「うん。それも正しいと言えるのだけど、その逆もまた真理よね」
「逆ですか?」
「そうよ。存在していようがしていなかろうが、それを断定して答えを下した先に、真の理があると私は思うのよ」
そんな暴論なような事を、推理はあっけらかんと言い放った。
なんの迷いもない、全ての間違いを見抜いてしまいそうなっすぐな瞳で推理は俺達を見ていた。そしてふっと小さく息を吐き出してから推理は苦笑いを浮かべ
「ってのは、あくまでも建前。私だってツチノコがいないって言うのは理解しているわ。ちょっとこれを見て」
推理が取り出したのはスマホだった。
その画面にはツチノコを見つけた人には一千万円と見出しがつけられ今週末の日付が書かれていた。イベントの発行元は県内の小さな町の名前が書かれている。
電車で行けば一時間程度の場所だったはずだ。
「実はね、そこのイベント元の町長が綾のおじいちゃんなの。観光客を呼ぶためにイベントを打ったのだけど、あまり人が集まらないんじゃないかって事になってね、頼まれたのよ」
「つまりそれはサクラをやれって事ですか?」
「悪い言い方をすれば……そうね。良い言い方をすればイベントを盛り上げるお手伝いをしてほしいって事ね。もちろんバイト代も出るわ」
言い方を変えたところで意味合いはまったく変わっていない。バイト代が出るってところでサクラ感が増しているまである。
どう返事をすべきか答えあぐねていると綾が推理の前に立ち、ペコリと頭を下げた。
「お、お願いします。老い先短い、おじいちゃんの頼みなんです」
「いや、べつに嫌な訳じゃないですよ……」
さっきまで完全否定していた事を自ら否定して視線で葵木に助けを求める。
「えっ、僕?……も、も、もちろんです!やりましょう!」
それを見ていた推理は綾の背後で満足そうに頷いている。
もう、この場にいる俺達に拒否権は存在していなかった。それがこの場においての真の理だった。
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