消えた課題7
酷く腹が立っていた。
嬉しそうにツチノコのあれこれを話す葵木の話に相槌を打つこともせずに昇降口を目指しているのに、嬉々として葵木は俺に語り続ける。
どうやら葵木は今日から週末までの間にツチノコの情報を調べるつもりらしいが、俺はそんな気にはなれなかった。
「なあ、葵木。ツチノコの話はそれくらいにしてくれないか」
苛立ちを隠すことなくそう葵木に告げるが、葵木はなんでそんなに怒っているんだい?とトボけた事を言ってみせた。
なにを怒っている?そんなのは簡単な事だ。
「課題の事はもうどうでもいいのかよ?」
葵木は小さな柏手を打ちつつあーと感嘆の声を漏らす。
そして
「そんなのもあったね」
と言いやがったのだ。
推理にしても綾にしても葵木にしてもそうだ。
今朝は課題を盗まれて、犯人探しをしていたはずなのに、推理と綾が新たに持ち込んできた話題『ツチノコ』について御執心な様子なのだ。
「そんなもの……だって?」
母さんが真理部のOGとして残してくれた、現真理部員である俺達のための課題。
俺が西高にやってきた理由だったかもしれないものなのに。
なぜ、葵木もここまで無関心でいられるのだろう。
俺には信じられなかった。
課題とツチノコを天秤にかけて、ツチノコが勝つ理由が。
ツチノコなんてものはこの世に存在していなくて、課題は確実にこの世に存在していた。
そんなの考えるまでもなく、実在していた課題の方が大切な事は間違えようのない事実ベースなのだから。
「少し僕の言い方も悪かったね。そんな話も有ったねって言いたかったんだよ。他意はないんだ」
葵木はだけどと前置きをしてから続けて言った。
「どうして阿部君は見たこともない課題にこだわるんだい?」
「どうしてって、それは……」
母さんが残した物だから、俺が西高に来た答えになりうるものだから。
次々に湧き上がる答え。
しかし、それは俺が課題に拘る理由であって、他者が、まして課題の存在に懐疑的な葵木が拘る理由にはならない。
そう気がついてしまった。
新たにツチノコ探しという、近々に行われるイベントの話題を提供されればそちらに傾くのは人情としてはきっと正しい。
そう理解した途端、爆発寸前だったイラつきは、スッと火口からマグマ溜まりへと下がっていく。
「……いや、なんでもない」
ここで葵木を攻めたところでお互いに得にはならない。
そう理解した俺は、課題の話題はもう葵木にするのはよそうと決断をした。
「そう言われると逆に気になるじゃないか。あんまり薄っぺらい事を言いたくはないんだけど、僕達友達だろう?なんでも話してくれてかまわないよ」
友達か。
まだ知り合って二日程度の人間に使うのはどうかと思う言葉だけど、にこやかに微笑む葵木の態度からデマカセを言っている訳では無いのだと判断できた。
だけど、まだ葵木には母さんの事を話す気にはなれなかった。
「本当になんでもないんだよ」
葵木はまたまたあと肘で俺の腕を小突いて来るが、それ以上問い詰めようとはしてこなかった。
いいやつだな。
いつの間にか止めてしまっていた足を、再び昇降口に向けて動かす。
つられて葵木も歩き出した。
そしてポツリと言った。
「とりあえずさ、せっかく先輩達がイベントを用意してくれたんだ。楽しもうよ!」
屈託のない笑顔を俺に向ける。
わりかし整った顔つきだ。きっと葵木はモテるんだろうなと思った時、同時に葵木のセリフに少し引っかかりを覚えた。
俺は何に引っかかりを覚えたんだろう。
先輩達?……違う。
イベントか?……違う。
楽しもう……楽しむ……楽しんでいる……楽しんでいそうで良かったよ。
近々のどこかで聞いたような台詞回し。
俺は何に対して引っかかりを覚えているのだろうか……。
「あっ!?」
引っかかりが違和感に変わっていく。
なんであの時、屋敷先生は楽しんでいそうで良かったと俺達に言ったのだろう。
あの時、俺は何をしていた?
……たしか課題を盗んだ犯人になり得ない人物を特定しようとしていた時だった。
あの時は、部活を楽しんでいるのか、と言う意味で投げかけられた言葉だとばかり思っていたが……
たしかあの時、屋敷先生はこうも言っていた。
『もし用があれば職員室にいるからって雨宮君に伝えておいてくれるかな』と
まだ今日は完全下校時刻までかなり余裕がある。
「また急に立ち止まってどうしたの?」
「ちょっと用事を思い出した。先に帰っててくれ」
「忘れ物かい?」
「忘れ物……まあそんなところだな」
「だったら僕も付き合うよ」
「葵木には興味のない事かも知れないぞ」
葵木は不思議そうに首を傾げた後、苦笑いを浮かべて言った。
「僕達友達でしょ」
と
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