消えた課題8

 それがマナーとして正しいのかは俺には分からないが、二度ノックをしてから扉に手をかけた。


「失礼します」


 扉を開くと、眼の前に見たことのある顔があった。

 なにやら机の上で何かを探しているようで、高く積み上げられた書類の山をかき分けているところだった。


「屋敷先生。聞きたいことがあって来たんですけど」


 声をかけると書類をかき分けるのをやめて、こちらに視線を向けて「あー、阿部君。どうしたの」と体型の割には甲高い声で言った。


 少し慌てている様子だったのは気になるが、こちらも用事があってきたのだから、それについては触れない事にする。


「課題の事についてお聞きしたいんです。ご存知ですよね?」


 課題という言葉を聞いた瞬間、屋敷先生の肩がピクリと跳ねたような気がした。


「か、カダイ?まだ課題は出してないはずだけどね」


 どうやら自らが出した課題と勘違いしているようだが、俺が話したい課題はその課題ではない。


「いえ、真理部に代々受け継がれている課題です。まだ俺も現物は見たことないんですけどね」


「あっ、あー。そっちの課題ね。うんうん。知っているよ。うん」


 屋敷先生は課題の存在を認めた。しかし、どうも歯切れが悪い。しどろもどろと言うべきか、俺から視線を外してそう答えたのだ。


 屋敷先生が課題の存在を認めたということは、同時に課題が真理部に存在していた事の証明にもなった。

 少なくとも葵木の疑問は解決されたはずだ。


「その課題なんですが、実は紛失したんですよ」


「阿部君」


 それは屋敷先生に言ってはならないことだと葵木が小声で制してきた。

 俺達は推理に口止めをされていて、課題が紛失してしまった事は屋敷先生は知らないはずだ。

 しかし、返ってきた返答は。


「……そうみたいだね」


 なにも知らないはずの屋敷先生からは、なぜか肯定の言葉が返ってきたのだ。


 横に並んで立っている葵木も目を見開き、驚きの表情を浮かべている。


 確信に迫るべく、俺は言葉を続ける。


「それは、誰に聞いたんですか?」


 課題が紛失してしまった事を知っているのは現時点で真理部の部員、又はその犯人だけなのだ。

 つまり屋敷先生は……


「あ、雨宮君に聞いたんだよ」


「雨宮先輩に、ですか?」


「うん。そうだよ」


 俺達に口止めをしたはずの推理が屋敷先生に話した?

 屋敷先生が嘘を付いている線。推理が屋敷先生に課題の紛失を報告した線。その両方の可能性を考える。どちらの可能性が高いのか。

 はたまた他に可能性はあるのか……


 どちらにせよこの場で屋敷先生を問い詰めたとしても、推理がこの場にいない以上、のらりくらりと交わされる可能性が高い。


 どう出るべきか……


「そうだ。先生。部室の鍵ってありますか?」


「鍵?そこの壁にかかっているよ」


 屋敷先生の指さした先には教室の名前が書かれた札の下に木製のフックがズラリと並ぶ。


 近づいて確認してみると、準備室と書かれた札の下のフックには鍵がぶら下がっていた。


「この準備室って書かれた札の下にかかっている鍵は、真理部の部室の鍵で間違いないですか?」


「ああ。間違いないよ」


 カチャリと金縁眼鏡を直しながら屋敷先生は即答した。


「この鍵は複数個あるのですか?」


「それは基本的には一つだよ。予備があることにはあるけど、教頭先生が保管しているから実質使えるのはそこにある鍵だけだよ」


「今日、予備の鍵が追加されたことはありましたか?」


「いや、それはないと思うけど」


「そうですか」


 つまり、推理が無くなったと言っていた鍵は今、眼の前に存在しているのだ。


 推理が嘘を付いている?

 それとも犯行後に犯人が鍵を戻した?

 それなら、なぜ犯行後に鍵が開いたままだったのか?


「ねえ、阿部君どういう事なんだい?」


 気がついたら横にやって来ていた葵木が耳元で囁いた。


「おわっ!?」


 唐突にかかった吐息に、おもわず身をたじろがせてしまった。


「さあ俺にもさっぱりだな」


 繋がりそうで繋がらない点と点。謎はさらなる謎を呼ぶ。

 しかし、ただ一つ可能性は見いだせてはいた。


 これは推理なんて呼べた代物ではないが、確実に真実には近づいている気がした。


「これ以上ここにいても進展は無さそうだし、今日の所は帰るとするか。屋敷先生失礼しました」


 葵木に声を掛けたあと、屋敷先生に挨拶を済ませると、廊下へと向かった。


「ああ。サヨウナラ」


 屋敷先生が挨拶を返す仕草は、どこか安堵したように感じた。


「失礼しました」


 葵木も挨拶を済ませ俺の後に続く。


 そして二人揃って廊下に出ると、俺はスマホを取り出した。


 そして、俺は先程入手したばかりの番号にコールをした。


 相手は数コールですぐに電話に出てくれた。


「今から時間ありますか?」


 その相手に俺は単刀直入にそう告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る