消えた課題9
もうすぐ完全下校時刻という事もあって、待ち合わせ場所の校門前に向かうまでの間に他の生徒とすれ違う事はなかった。
校門前にたどり着くと、収納された門扉に寄り掛かる女子生徒の姿があった。
女子生徒はこちらに気がつくと、体勢を立て直しこちらに手を振った。
葵木と連れ立って歩み寄ると女子生徒は「遅刻ね」とイタズラに微笑み言った。
それに対し、「すいません。雨宮先輩。会う前に確認したいことがあったので」と俺は答える。
俺と葵木は雨宮先輩との電話を切った後、一度準備室へと戻ったのだ。扉がしっかり施錠されているかどうか。
そのせいでここに来るのが五分ほど遅れてしまったのだ。
「冗談よ。で、話ってのはなーに?」
雨宮先輩は笑顔を崩さないまま、そう質問をしてきた。
まるで、俺がこれから何を暴こうとしているのかまったく気がついていないような素振りだ。
だから、揺さぶりをかける意味でも俺はすぐに本題を切り出した。
「課題についてなんですけどね」
「……あー忘れてた。ツチノコの事で頭がいっぱいになっていたから」
答えるまでに少し間があった。しかし、忘れていたと言う感じのリアクションには到底見えなかった。
まだそこに拘る?と言わんばかりに、言葉に詰まったように見えた。
もちろん俺は拘る。なんせ俺が西高に進学してきた理由にも直結するような事案なのだから。
「先輩。駆け引きとか苦手なので、単刀直入に言わせて貰いますね」
「うん。いいわよ?」
「課題を隠したのは雨宮先輩ですよね?」
「……どうして、そう思うのかしら?」
俺の告発を受けて、推理は俺達から視線をそらし、校門から緩やかに続く、桜の咲く坂道の方に目をやった。
「えっ、そうなんですか!?」
事情をなにも説明していなかった葵木が驚愕の声を上げるが、俺は気にせずに続ける。
「簡単な事ですよ。準備室の鍵を自由に使用することができて、なおかつ真理部の宝とも言える課題の保存場所を把握していた人物。そんなの先輩と、屋敷先生くらいしかいないじゃないですか」
「それは犯行が可能であったかどうかの話であって、私が犯人だと断定できる材料ではないと思うのだけど、なんの根拠があってそんな事を言っているのかしら?」
推理は怒った様子でもなく、淡々とそう反論してきた。まるで用意されている台本を読むようにスラスラと。
「屋敷先生も共犯だと考えています」
まだ動機はわかっていない。だが、屋敷先生も共犯であると確信はしていた。
「なぜ?」
「最初に違和感を感じたのは、ホームルームが終わった直後でした。屋敷先生の方から声を掛けてきたんですよ」
「どうして声をかけてきただけで、屋敷先生と私が共犯だと言うことになってしまうのかしら?暴論じゃない」
推理の言う通り、先生が話しかけてきた事案は直接共犯を示す証拠にはなり得ない。
しかし___
「屋敷先生は俺に向かって、こう声をかけました。『楽しんでいそうで良かったよ』と」
「それは何に対して言っているのかわからないじゃない。主語がないのだから」
「いえ、それはそうでもないんです。その時、俺は誰からでも見えるように、机の上にノートを広げて、犯人になりうる人物を書き出していたんです」
「それはたまたまじゃない?ちょっと覗いたくらいで何をしているかなんてわかるものかしら」
「だってさ。どう思う葵木?」
葵木はあの時、俺に向かってこう言った。
『ホームルーム中もずっと考えていたみたいだけど、犯人はわかったのかい?』と。
葵木は俺の前の席だ。ホームルーム中ジロジロと俺のノートを覗き見る事はできない。
それなのに葵木は、俺が事件に関しての考察をしていたと言い当てたのだ。
「えっ、あー。関係者だったのならチラッと見ただけでわかると思います」
「だそうです」
「それなら、屋敷先生の単独犯かもしれないじゃない。私が犯人である証拠はどこにもない」
これだけだと推理と屋敷先生を繋ぎ合わせるには状況証拠的には薄い。
それを示すように、推理は自身満々な様子で言い切った。
それならば___
「鍵はいつ戻ったんですか?」
「か、鍵?」
わざとらしくオウム返しをする推理には、少し焦りのような物が見えた。
「準備室の鍵ですよ。今朝は無かったって言ってましたよね?」
「あー、予備じゃないかしら。夕方に取りに行った時にはあったのよ」
屋敷先生が教えてくれた。鍵は一本しかなく、予備は教頭先生が管理していると。
部室で紛失事件が起こっているのに、報告をしていない。
そんな状況下で教頭先生がなんの疑問も抱かずに鍵を補充してくれるだろうか?
答えはNOだ。そんな事は推理だって理解しているはずだ。
つまり。推理は嘘をついた。
嘘をつくということは、なにか後ろめたい事があるということ。
「予備は教頭先生が管理しているみたいですよ」
「じゃあ、教頭先生が置いてくれたんじゃないかしら」
「それはありえませんよ。なぜそこに鍵が無いのか、理由がわからないのにわざわざ補充するでしょうか?紛失事件の件、誰にも報告していない訳ですよね?返し忘れたのかなと思うのが普通だと思うのですが」
推理はぐうの音も出ないといった感じで、苦笑いを浮かべている。
ここまでくればもうひと押しと言った所だろう。
「状況から推理するに、屋敷先生と雨宮先輩が何かしら隠し事をしているという図式は成り立つと思いませんか?しかも、先生も先輩も、俺達に何かを隠そうとしているのは明らかです」
「それは暴論よ」
たしかにそうかもしれない。推理と呼ぶにはあまりに稚拙な言葉遊び。しかし、これだけは言える。
「雨宮先輩。最初から否定しませんでしたよね?」
「否定?」
「はい。否定です。本来、疑われた場合、自分が犯人でないのなら主張するはずです。きっぱりと私はやっていないと。しかし、実際は先程から言い訳を繰り返しているように見えるのは俺の勘違いでしょうか?」
「ふー______」
推理はため息のような物を吐き出したあと、諦めたようにニヤリと笑い、親指をぐっと突き出し、サムズアップのポーズを取ってみせた。
いったいなんのつもりなのだろうか?
「さすが期待の一年生、中々やるわね。こんなに早く突き止められるとは思っていなかったのだけど」
「それは認めるって事で宜しいんですね?」
「うん。そうよ。今回の課題紛失事件の犯人は私と屋敷先生の共謀で間違いないわ」
「なんでこんな事をしようとしたんです?」
「なんでって?それは阿部君と葵木君にイベント事を提供しようと思ったのよ。せっかく真理部に入部してもらったのだからね」
推理は悪びれる事のない様子で語る。
「それはどういう事ですか?」
「真理部内のちょっとしたイベントだったって事よ。新入部員歓迎会的な」
「つまり、最初から全て仕組まれた事、でっち上げだったって事でしょうか?」
「そう。そういう事!」
推理は屈託のない満面の笑みで元気よく頷く。
「橋渡先輩はこの事はご存知なんですか?」
「いいえ。知らないわ」
つまり俺、葵木、綾の三人は最初から踊らされていただけだってことになる。
「はー」
あまりの理不尽さに思わずため息を吐き出してしまった。
それを不思議そうな目で推理が見つめていた。
どうして、そんな表情をするんだ?と言わんばかりに。
横の葵木も声を発することはないものの、同じような感情を抱いているのだろう。苦笑いを浮かべていた。
「なになになになにその反応!?面白く無かった?」
「いえ、そういう訳では……ないんですけど」
思い返して見れば決してそんな事は、無かった。むしろ楽しんでいたとは思えるのだが、この虚無感はなんなのだろう。
「むー。楽しんでもらえると思ったんだけどなー。次回の参考にしたいから、なにが納得行かなかったのか教えて」
しかし、まだ俺にはこの気持ちを表現する語彙力は備わっていない。
だから、両手を広げてわからないのポーズを取ると、推理の視線は葵木へと注がれる。
「ぼ、僕ですか……しゅ、宿題にさせてください」
「もお、葵木君まで!でも、まあいいわ。楽しかったし。それに___」
唐突に吹いた春風に撫でられた髪を押さえつけながら推理は続けていった。
「最高のパートナーも見つかった訳だし」
「パートナーですか?」
「そう。パートナー。最高の探偵には、優秀な相棒がいるってのがお決まりなのよ」
「いや、べつに俺は探偵をする気はありませんよ」
今回は成り行き上そうしただけであって、俺はべつに推理や推察、推測が得意なわけではない。たまたまうまくいっただけ。俺は母さんとは違うのだ。
推理は呆れたように口をポカンと開け
「はっ?何言ってるの私が探偵で、あなたが相棒よ」
「……はい?俺が相棒?」
「そう。相棒。手始めに、私の事は推理って呼びなさい。特別に葵木君もそうしてもいいわよ」
「えっ?いや。えーと」
「あははははは」
なんと返答していいのかまったく分からなかった。葵木もそうなのかただ誤魔化し笑いをしていた。
「じゃあ一件落着したことだし
推理は一方的に言いたいことを言うと桜並木を一人で下り始めた。
「えっ、ちょっと待ってくださいよ!」
その後を慌てて葵木が追いかけていく。その二人の後ろ姿を少し見届けてから
「やれやれ」
しぶしぶ俺も続く事にした。
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