UMAの本懐9

 襖の向こう側。

 つまり部屋の中では、一組の布団が敷かれ、扇風機がカラカラと音を立てて回っていた。

 扇風機はかなり年代物のようで、ある一定以上は首が振れないようでカツンカツンとギアが空回りする音を響かせていた。


「少しは良くなったの?」


 推理が布団に横たわる綾に話しかけるが、答えたのはその枕元に座る葵木だ。


「今は眠っています。ですが、汗も引いてきたのでそろそろ大丈夫かと」


 葵木の手にはタオルが握られていた。葵木のすぐ横に氷水が入った桶が置かれている所を見ると、綾の頭を冷やすためのものだろうと推測できる。


「そう。それなら良かったわ」


 さっきまで心配しているような素振りは全く見せていなかったのに、推理は綾の寝ている布団の横に腰を下ろすと、愛おしそうに綾の頭を数度撫でた。


「ん……」


 推理の撫で回し攻撃で気がついたようで、綾は嗚咽のような声を漏らした後、目をパチパチと瞬かせた。


 そして上体を起こし、大きなあくびをしてから


「あっ、推理ちゃん。おはよう」


 と呑気に挨拶をした。



「はしたないわよ」


「えっ、なにが?」


 綾は俺達の存在には気がついていないようで、どうしたのと首を撚る。


 なにか気恥ずかしはを感じ、俺は綾から視線をそらした。


「先輩。おはようございます。もう御下限は良いですか?」


 葵木はデリカシーには少しかけているようで、気にせずに綾に話しかけた。


「あっ、葵木君。阿部君もいたんだ。なんかごめんね。私のせいで迷惑かけちゃって……体調の方はもう大丈夫だから」


 綾は少し恥じらうような仕草を見せながらそう答えた。


「ところで葵木君。綾が寝ている間にキスくらいはしたの?」


「えっ、いや。そ、そそそそそんな事するわけないじゃないですか?」


 推理の突然の爆弾発言に、葵木は慌てて否定する。

 綾もなんの事かと推理と葵木の顔を交互に見るが、よく分からなかったようで首を傾げた。



「眠り姫が目覚めるのは、王子様のキスって相場が決まっているじゃないの」


「そそそそ、そんな事絶対にしてません!第一橋渡先輩が目覚めたのは雨宮先輩が頭を撫でたからじゃないですか」


「ふーん。どうかしらね」


「ちょっと先輩やめてくださいよ!」


 推理は俺に視線を送るとウインクをしてみせた。


 この人、八つ当たりしたな。紡って人の件でイライラしていたからだ。絶対そうだ。

 そう心の中で思っていても俺は口には出さない。



「そういえば、綾が寝ている間に大変な事がわかったわよ」


「大変な……事?」


 まだ頭がスッキリと挟めていないのか、あくび混じりに綾がささやくように言った。


「ツチノコが見つかったのよ」



「えっー!?本当ですか」


 驚嘆の声を上げたのは葵木だ。

 うろたえる姿と言い、大声を上げたりと普段の葵木からは考えられない姿だ。


「目撃情報があっただけだ。先輩は煽るような発言は控えてください」


「目撃情報……それでも凄い事じゃないか!」


 葵木は瞳をキラキラと輝かせ、俺と推理とを交互に見比べていた。


 目撃情報とは行っても、あやふやな物でどこまで本当なのか怪しい目撃情報なのだがな。

 俺的にはすべが嘘、または勘違い、見間違いだとは思ってはいるが、一応は情報共有と、推理がメモをとったメモ帳を手渡した。


 葵木はメモ帳を俺から受け取ると、子供が新しいおもちゃを買ってもらったように食い入るようにメモ帳を見ていた。

 綾もどれどれと覗き込む。


 一通り読み終わった葵木は顔を上げて推理にこう質問した。


「これ、どこらへんですか?」


「開会式をやった空き地の裏を登っていった所。緩やかな崖の所よ」


 言いながら、推理はリュックにしまっていた参加者に無料配布されている地図を取り出し、現場を指差し教えた。


「なるほど……」


 葵木は二、三度頷いた後、突如立ち上がると、襖の方へ向かい歩いていった。


「どこへ行くの?もうお昼よ」


「ちょっとだけ、現場検証をしてこようかと」


 ワクワク顔の葵木は止めても無駄だと言っているようなものだった。


「そう。早く戻って来なさいよ」


「はい。わかりました」


 推理の了解を得ると、葵木は一目散で部屋を飛び出して言った。

 あいつがあんなにツチノコ探しに躍起になるのは以外だった……いや、そうでもないか。

 色々調べてきていたみたいだし、元から興味があったのかもな。


 三人で葵木の後姿を見送ったあと、しばしの沈黙。

 季節外れの風鈴の音がチリンチリンと響いていた。


「そういえば綾。閉会式には出れないわよね」


「ううん。大丈夫だよ」


 綾は元気一杯だとアピールするように、両手で拳を作ってアピールしてみるも、推理は綾にデコピンをお見舞いした。


「あいたっ」


「やめておきなさい」


 それでも綾は食い下がる。


「大丈夫だよ」


「なにかあってからでは遅いの。部長として先手先手を打たなければならないの」


「むう」


 綾はむくれっ面で納得していない様子だが、それならば……


「俺がやりましょうか?」


「それは難しいと思うわ」


 最適解と思えた俺の案は、直ちに推理に否定された。


「どうしてです?」


「サイズ的に無理だと思うわ。紡……いえ綾にピッタリなサイズに作られているから。一応特注なのよ」


「そうなんですか……だったら先輩が着ればいいじゃないですか?」


「それも難しいわ」


 背格好的には推理のほうがやや大きい、しかし無理をすれば着れなくもないサイズに見えるが。


 どうしてと聞こうとすると推理はそれを制するように目配せをして、すぐに綾の方へ視線を向けた。



 推理の視線は綾の胸元に向いているようだった。


「なるほど」


「なにが、なるほどなの?」


 理解ができない綾は、疑問の声を浮かべるがこの場で理解していないのは綾だけだ。傷つける結果になってしまうかもしれないから、口には出さないほうが良いだろう。


 しかし、そんなのお構いなしに推理は口を開く。


「それはね、私のほうが_____」


 慌てて推理の口を塞いだ。続く言葉はきっとこうだ『胸が大きいから』


「ん?推理ちゃんの方が、なに?」


「ひょっほはひふふの!?」


 推理も推理で少し天然な所があるのだろう。

 この場は話題を逸らすほかない。


「そう言えば、そのきぐるみはどこに行ったんですか?」


「あーあれはね、汗たくさんかいたから、おばあちゃんが外に干してくれたんだ」


 そう言って綾が指差し先には庭があり、物干し台が置かれている。


 が、そこには何も干されていない。


「あれ?おばあちゃんが取り込んでくれたのかなー?」



「若人諸君。ご飯用意できたから、こっちに来なさーい!」


 遠くから叫び声のような物が聞こえた。


「あっ、お母さんだ。はーい。すぐ行きます」


 燿さんの声だったようだ。


「推理ちゃん。阿部君。行こう。よいしょっと」


 綾は言うや立ち上がった。どうやらもう熱中症の方は本当に大丈夫なようだ。


 そんな綾の後に続いて推理と俺は部屋を後にした。



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