密室に置かれた予告状11

 ノックもせずに準備室の扉を開くと、俺の除く三人の真理部員は、難しい顔をしてテーブルの上を見つめていた。


 三人の視線の先にあったのは、一巻きの毛糸であった。


 傍らに一枚の紙が添えられている。



「推理先輩。それってですか?」


 推理はそうよと一言だけ発して頷く。


 つまり、俺達以外が部屋に侵入すること無く、また新たに物品が現れた事になる。


「どういう意味だと思う?」


 葵木が言いながら、毛糸のそばに置かれた一枚の紙を渡してきた。


紡毛糸ぼうもうしは羊毛を◯◯◯だものである』


 前日と同じく、伏せ字には、注釈の※がつけられている。


『古代から人類は、を◯◯◯できた』


 おそらく伏せ字には同じ言葉が入るのだろうが、そんな事はどうでも良かった。


 注目すべきは、手書きで書かれた字の方だ。


 均整のとれた、まるで本から飛び出してきてしまったのではないかと見紛える程の綺麗な文字。


 今思い返して見れば、昨日や一昨日。ジニアの名札の裏に書かれた文字も、コインと一緒に置かれていた紙に書かれていた文字も、同じように均整のとれた、まるで、活字のような文字だった。


 ここ最近、いや、近々でこんな文字を書く人物を目撃したはずだ。


 部室の鍵を使用した痕跡を残さずに、部室の中に侵入すること無く、部室内に新たな物を増やせた人物。


 その全てを満たす人物を俺は知っている。


「なあ、葵木。ちょっと連れション行かないか?」


「トイレかい?部室に来る前に済ませて来たから。今は大丈夫さ。阿部君一人で行ってきておくれよ」


「まあ。そう言わず付き合ってくれよ」


 言いながら葵木に目配せをすると、全てを察してくれたのだろう。


 葵木は椅子から立ち上がる。



「たしかに、阿部君と親睦を深めるのも大切かもしれないね。いいよ付き合うよ」


「助かる」


「遅れてきておいて、すぐにトイレとは良いご身分ね。遅れてきているんだから、トイレくらい済ませてから来なさい」


 俺の態度に推理は少しご立腹の様子ではあったが、どうか今は見逃して欲しい。


「すぐ戻ってくるので」



 二人連れ立って部室を後にして、向かうは男子トイレ。


 実際トイレをしたいわけではないのだが、旧校舎の男子トイレは人があまり来なく、内緒話をするには向いているのだ。


「葵木────」


 俺から切り出そうとすると、葵木が遮るように言った。


「どうして気がついたんだい?僕が犯人だって」


 やはり、目配せだけで全てを察していたらしい。話が早くて助かる。


「ああ。何個かの事象を組み上げた結果なんだけどな、きっかけはこれさ」


 ポケットから、先程回収した小型カメラを取り出して葵木に手渡す。


「なんだい?これは」


 カメラだと教えられていなければそうとは思えない黒い小さな箱型をあらゆる角度から眺めるたが、ついにそれがなんだかわからなかったようで俺に返してきた。


「これ、実はな小型カメラなんだ。今朝部室前に仕掛けさせて貰った」


「へえ。そんな小さな物で撮影ができるんだ」


 関心した様子で俺の掌の上にある小型カメラを眺めていた。


「でも、それだけじゃ僕にはつながらないよね?だって────」


「「そのカメラに、僕は写っていないはずだ」」


 葵木と俺の声が重なる。


 葵木は苦笑いを浮かべ、どうぞと主導権を渡してきた。


「それが結果的に、葵木に繋がったのさ。このカメラには葵木はおろか、誰一人部室内に侵入する者の姿は映っていなかった。つまりそれが何を示しているのかと言えば、魔法のように唐突に現れたのか、扉以外の外部から侵入したか、元から部室内に存在する人物が置いたかの三つに絞られる」

 

「うん。だったら他の可能性、そうだね魔法は無理だとしても、他の場所から侵入したって可能性もあるんじゃないのかい」


「それはない。部室となっている準備室は前後に扉はあるが、カメラの設置していなかった後ろの扉は、棚が置かれる形で潰されている。それに加えてここは三階だ。窓から侵入するって言うのも無理がある。他に侵入できそうな経路も見当たらない」


「うん。そうだね。でもそれだけじゃ僕にはつながらないよね」


「ああ。怪文書、部室内に増えた物品に添えられていた例文でその説明はつく」


「怪文書?予告状のつもりだったんだけど。しっかり予告状と書いておくべきだったね。で予告状と僕、どう結びつけたんだい?」


 葵木は苦笑いを浮かべ、頭をポリポリとかいた。


「進路調査票だよ。さっき教室から出る時に葵木が書いていただろう?」



「ああ。書いていたね。それと予告状がどう結びつくんだい?」



「文字だよ。まるで印刷された活字のように均整のとれた文字。俺は今まで生きてきて、葵木以外に見たことがないよ」


「字がキレイな人は他にもいるかもしれないじゃないか」


「字がキレイな人はこの学校にはいるかもな。でも、部室内に自由に出入りする事できた真理部員の中でって条件を付け加えたら、葵木。お前しかいないんだよ」



 しばし沈黙があった。



「やるね。阿部君。さすがだよ」


 パチパチと拍手をしながら称賛の言葉を述べる葵木。


「認めるんだな」


「うん。僕の負けだよ」


「だったら、自白をしてもらおうか。なぜ、予告状を置いたんだ?お前の無くした物ってのは何なんだ?」


「やっぱりそう来るよね。───うん。君には話すしかないようだね」


 葵木は踵を返し、男子トイレの小さな窓を開くとこちらに向き直った。


「少し長い話になってしまうのに、ここは空気が悪いからね」


 そう前置きをしてから、葵木は語り始めた。

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