謎のプリント

謎のプリント1

 少し寂しくなってしまった桜並木が延々と続く坂道を昇っていく。


 俺と同じようにして、真新しい物から、使い込まれた物まで、学校指定の紺色に袖を通した人の姿が多数見受けられた。



 その全ての紺色が目指す坂の頂上には、年代物の校舎がそびえ立つ。

 県立西高等学校。

 決して偏差値が高いとは言えない公立校。俺がこれから三年間通うことになる場所だ。


 果たして、どんな出会いや思い出ができるのだろうか。多少の不安と多量の高揚感を持って俺はまた一歩、一歩と坂を昇り始める。


 唐突に吹いた春風が、まだ残っていた桜を空高く舞い上げる。


 その桜吹雪のアーチをくぐり抜け、俺は正門へとたどり着く。


「おはよう。これからよろしくね。期待しているわよ」


 人懐っこい笑みを称えた女子生徒が、校門横に立ち、新入生に声をかけていた。


 この学校の生徒会の役員だろうか?


 俺以外の新入生と思われる新品の紺色郡は、会釈だけをしてその横を通り過ぎて行く。


 俺が悪いわけではないのだけれど、なんだかいたたまれない気持ちになって、自分だけでもと挨拶をすることにして、女子生徒の前で足を止めた。


「おはようございます。一年二組、阿部真悟あべまさとです。阿部のあは阿頼耶識の阿、部品の部に真実を悟と書きます。よろしくお願いします」


 女子生徒は感心したのか一度真顔になったかと思えば、二度ウンウンと頷いて笑顔を取り戻すと、シャナリとお辞儀を返してきた。


「私は二年三組、雨宮推理あめみやすいり。雨は天気の雨、宮崎県の宮に推理小説の推理。よろしく」


 言ってから右手を差し出して来たので、こちらからも右手を差し出して握手をした。


 握手をしながらマジマジと顔を見ると、女子生徒はかなりの美人だった。

 話した感じしっかりしていそうだし、きっとかなりモテるのだろうなという印象を覚えた。



「ほら、あやもしっかりと挨拶をしないさい」


 言って振り返った推理の背後にはもう一人、ジャージ姿の女子生徒の姿があった。


「え、えぇっー!?私はいいってー」


「良くない。私達、もう先輩なのよ?少しは自覚を持ちなさい」


 もう一人の女子生徒は人見知りなのか、かなりへっぴり腰で推理の腰元にしがみつく。

 が、抵抗むなしく推理に引き剥がされると、首根っこを掴まれて俺の前に突きつけられた。


 首根っこを掴まれた時の力の抜け具合が、まるで猫のようだった。


 見つめ合ってしばしの沈黙のあと、女子生徒はため息のような物を一つ吐き出すと、観念したように話し始めた。


「……えっと、私は、二年一組、橋渡綾はしどあやです。橋を渡すって書いて橋渡、綾は綾取りの綾って書きます。よろしくお願いします」


 言って綾はペコリと頭を下げた。


 つられて俺も頭を下げた。


「よろしくお願いします」


 その背後で推理は満足そうに「やればできるじゃない」と頷いている。



「それにしても真実を悟るなんていい名前ね。うんうん。あなたには期待できそうだわ」


「期待?なにがですか」


「こっちの話だから気にしなくていいのよ。じゃあ綾、そろそろ戻りましょうか?」


「え、う、うん」


 推理に促されて、綾は推理と連れ立って昇降口の方へと歩いていく。


 唐突な事に、その場で立ち尽くしていると、推理が振り返り。


「真悟君。早く教室に行かないと、遅刻になってしまうわよ」


「えっ、あっはい」


 推理の言葉で我に返り、校舎からこちらを見下ろしている大時計に目をやると、八時二十五分を指し示していた。


 入学式以降の初登校日に遅刻をするのはあまり良い事ではない。

 そもそも初日でなくとも遅刻をするとい事は悪いことなのだから。


「綾、走るわよ」


「えっ、えっ、えっー!?」


 言い終える前に推理は走り出す。

 それにワンテンポ遅れる形で綾も続く。


 それをぼーっと見送ってからハッと我にかえる。


 俺の事を通り越していく生徒もみな走っている。


 正門を閉めようとガタイの良い教師が、腕に巻かれている時計とニラメッコしているのを視認してから俺も走り出した。

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