密室に置かれた予告状2
茜から受け取った課題が、紛失してしまった課題と同じものなのか確認してもらうため、急いで学校へ向かった。
早く行ったからといって推理が来ているとも限らないが、居ても立っても居られなくなったのだ。
流石に走りはしないが、気持ち早歩きで、少し地面から浮いていしまっているのではないかと錯覚するほどの高揚感を持って歩道を蹴って進む。
こんな気持ち久しぶりだった。
いつ以来だったろう?
プール開きになる前日?
夏休み前日の最終登校日?
今向かっている、西高等学校の初登校日?
いや、そのどれよりも俺の気持ちは高揚していた。
もし、紛失した課題と違う物だったとしても、母さんの一面を知れるかもしれない。そう思うだけで。
「ん?」
学校に向かう途中、小さな公園がある。
砂場とベンチだけがある小さな公園。
高校生にもなれば、立ち寄る理由もなくなるような公園。
そこに見知った顔がいた。
一年二組、
葵木のあの字まで口から出かけたが俺は声を掛けるのをやめた。
なんせ、葵木が一人で公園に居た訳ではなかったのだ。
葵木の横には西高等学校の制服に身を包んだ女子生徒が座っていた。
しかも、こちらも見知った顔だ。
二年一組、
その組み合わせなら、声を掛けても良さそうな物だが、踏みとどまった理由がある。
つい先日、ツチノコのイベントに参加した時の事だ。
推理が葵木の様子を見て、綾に気があるのではないかと言っていたのを瞬時に思い出したのだ。
たしかに、あのイベント以来、葵木と綾の距離が近づいているような気がする。
それは、物理的な距離においても、心理的な心の距離においてもだ。
なんせ、登校前に、真理部の朝活前にこんな所で密会しているくらいなのだから。
少し離れているため、どんな会話をしているのかはわからない。だが、楽しげには見えないな。
緊張してうまく話せていないとかそんな所だろうか?
しかし、内心は俺と同じような高揚感を抱えているのだろうと推察し、公園前を黙って通り過ぎる事にした。
貸しだぞ。葵木。
葵木と綾から視線を切って、坂道に目を向けると、すっかり緑になってしまった桜並木が俺を見下ろしていた。
──────────────────────
準備室の前までたどり着き、扉に手をかけて見ると、スルリと扉は開いた。
扉の中に入ると、不機嫌そうに腕組みをしてこちらを見つめる推理の姿が一番に目に入った。
「おはようございます」
俺が入ってくるタイミングでこちらを見たと言う感じではなかったから、ずっと扉を見ていたのだろうか?
それはそれでちょっと怖いな。
「おはよう」
推理は表情を変えないまま、挨拶を返してきた。
不機嫌の理由は俺のせいか?
それとも、推理も登校途中に葵木と綾を見かけたのだろうか?
少し探りを入れるように、言葉を選びこう聞いた。
「葵木と橋渡先輩はまだ来ていないんですね」
なるだけ自然な様子で、席に座る動作をしながらそう聞いた。
推理は俺の質問に大きく頷き、それから大げさにゆっくり首を振って見せた。
「由々しき事態よ」
やはり推理もあの姿を目撃したのだろうか。この前は二人の関係について肯定的な姿勢だった気がするが。
「推理先輩も見たんですか」
リュックを机の上に置いて、ファイルに入れて持ってきた課題を取り出しながら自然な流れでそう返した。
「ん?何の事?」
「何の事って、葵木と橋渡先輩の事ですよね」
「葵木君と綾に何かあったっていうの?」
あれれ?まさか推理は葵木と綾を目撃した訳ではなかったのか?
だとしたら、不機嫌の理由は何だったのだろうか?
少し間を置いて考えて、答えに思い至る。
ああ、これはあれだ。
集まりが悪いから怒っていただけだ。
壁にかけられた時計にチラリと目をやり、まだ七時であることを確認してからこう続けた。
「推理先輩。まだ早い時間ですし、少し多めに見てあげましょうよ」
今日の俺は機嫌が良い。こんなサービス滅多にしないんだからね。
「真悟。それは応えになっていないわ。私は葵木君と綾に何かあったのかと聞いたの。それでは、綾と葵木君に何かあったのを知っていて、真悟が庇っているみたいだしに見えるわよ」
この人、こんな時だけは勘が鋭いんだよな。名探偵になれる素質はあると思うよ。素質は。
「いや、そわなわけないじゃないですか。何も知りませんよ」
「ま・さ・と?」
距離は縮まっていないのに、じりじりと推理が近づいて来ているように感じる。
これが威圧感というやつか。
ぐぬぬ。
葵木と綾の事はここで白状しても良かったのだが、今日の俺は機嫌が良い。
「あっ、そうだ。推理先輩。これを見てください」
あまり不自然にならないように、手に持ったままになっていたファイルを長机の対面に座る推理の前に置いた。
話を逸らそうとしている時点で決して自然ではないのだが、推理はファイルに入った正方形の課題を見た瞬間、表情を驚きへと変化させる。
とりあえず話を逸らす事には成功したようだ。
「これ、どこで見つけたの?」
「今朝、茜さんから渡されたんです。……それって、紛失してしまった課題と同じだったりしますか?」
推理はファイルを表裏、交互に見てから一つだけ頷いた。
やはり、これは紛失した課題と同じものだったのか。
嬉しいような少し残念なような。
高揚感とほんの少しの寂しさを覚えた。
なんでこんな気持ちになったのかは今の俺にはわからない。
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