密室に置かれた予告状

密室に置かれた予告状1

 いつもと変らない朝だった。


「茜さんおはよう」


 学校に行く準備をして、階下にある店に降りていくと、カウンター席にいつものようにホットミルクとバターの塗られたトーストが置かれていた。


 これは茜さんが用意してくれた物で、俺の朝ごはんだ。


 髪もセットしていなくてかなり眠そうだけど、茜さんは毎日、必ず欠かさずに朝食を用意してくれるのだ。


「おはよう。早く食べちゃいな」


 リュックをテーブル席の座席に置いてから、カウンター席に着くと、茜さんもカウンターの向こう側の席についた。


「いただきます」


「はい。召し上がれ」


 俺がパンを頬張るのと同時に、茜さんもパンを頬張る。

 俺がミルクを口にすれば、茜さんもミルクを口にする。


 ゆったりとした時の流れる朝。俺の頭の中では夜想曲が流れていた。朝なのにね。


「そう言えばこの前、みんなで姉さんの話をしたじゃない?」


 この前と言うのは雄磨さんがやって来て、母さんの話をしたあの日を指しているに違いない。


「ああ。そうでしたね。聞きたいことがやっと聞けるかと思ったのに残念でした」


 俺の知らない母さんの話を聞けただけでも良かった。そう思うようにしているが、実際、残念だった。

 しかし、母さんが原因となって始まったイベントがあって、しかも意図せずにそれに参加をしていた────なんて、運命を感じずにはいられない。


 きっといつか、母さんが俺に言っていたあの言葉の続きを知れる日は来るのだという、根拠のない自信はついた。


「残念か。だったらこれで、少しは気を紛らわせられるかもね」


 茜さんがそう言いながら俺に手渡してきたのは、一枚の紙だった。

 見た感じ正方形の紙。折り紙サイズの紙だ。対角線上に折られたような跡があり、より一層、折り紙っぽさを演出していた。


「なんとなく思い出して、昔使ってた机の中を探ったらこれが出てきたのよ。あたしが持っているより、真悟が持っている方がふさわしいと思ってね」


「なんですかこれ。なにかの作りかけですか?」


 残っていたトーストを口に放り込みながらそう質問を返すと、茜さんからは予想だにしない答えが返ってきた。


「これ、姉さんからの卒業記念の課題だったんだけど、結局は解けずじまいだったな。一年の猶予貰ったのに、誰一人解けなかったのよ」


 青春の日々を思い出すように、懐かしむように、優しい目で折り紙を見つめる茜さん。

 しかし、そんな物に配慮する余裕なんて、一瞬でなくなっていた。


「な、なんでそんな物の存在を今まで俺に黙ってたの!?」


 課題って、真理部に保管されていて紛失してしまった物と同じなのだろうか?

 俺は実物を知らないからそれを確認するのなら、一度、推理に見てもらう必要もありそうだ


 いや、そんな事より早く、早急に課題に向き合う羊ある。


「なんでって、忘れてたって言ったでしょ」


 茜さんの言葉はもう耳に入っていなかった。

 正方形の紙に手を伸ばし、どんな文言が書かれているのか確認する────


「なに、これ?」


 正方形の紙には、無造作に書かれたと思われる『─と・』が乱立していた。

 法則性があるとも思えない。


 ─が四十一個。

 ・が二十八個。


「あー、そっちは裏面。表面を見てみなさい」


「裏面?」


 そこには日本語が書かれていた。小学生にでも読めるような簡単な語句だ。


『十字を切りて、整列させよ』


 十字とはなんの事だ?角を折り曲げて対角線上に付いてしまっている折り跡の事だろうか?


 しかも整列とは、何を指しているんだ?


 全くの意味不明であった。


「なにこれ?」


 本文を読んでも同じ感想しか出てこない。

 何を思って母さんはこんな物を作ったのだろうか?


 ただ、からかう為……?


 いや、母さんの性格だ。意味のない事をするとは思えない。

 きっと、これにも何らかの秘密が隠されているはずだ。


 登校初日に置かれていた、あのプリントのように。


「私達も、かなり苦戦したのよ。私達が諦めてからも、屋敷君は一人で何年も考えて、それでも解けなかったみたいだし」


 茜さんが何かブツブツと言っているようだが、俺の脳はそれを理解することを既に拒絶していた。


 眼の前の正方形に、心も、興味も、全神経をも、全て奪われていたのだから。

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