密室に置かれた予告状6

「こんなところで何やってるんですか?つむぎさん」


 俺の前に姿を表したのは、真理部の先輩、橋渡綾の双子の妹である橋渡紡だった。


 観念した様子で、堂々と階段を降りてきた。


「何って、ちょっと推理の様子を伺っていただけ、だけど?」


 あの距離から、こちらの様子を伺っていただけで順分に怪しいのだが、なにも怪しむ事はない。

 そんな口調で紡は言った。


「そうですか。それで、無くした物ってのはなんなんですか?」


 俺の中でピンと繋がった物があった。


 それは、部室に置かれた怪文書を置いたのは紡だと言う事。


 おそらく、俺達が帰るタイミングを待っていて、こちらの様子を伺っていたのだ。


 しかし、紡は────



「はっ、お前何言ってんだ?」


 すっとぼけるように、腕組みをしながら紡は答えた。


 しかし、綾の姉妹とは思えないほど態度も悪いし口も悪いな。見た目だけなら綾と瓜二つなんだが。


 状況的に考えて紡が犯人であることは明らかであるのに、それでもまだとぼけるか。


 自供させるために、細かく突き詰める必要がありそうだな。


「つい先程、真理部の部室内で、とある文書が見つかりました」


「うむ。それが?」


「その文書にはこう記されていたんです。『失われた物を取り戻すため、私はこの部室内に物を増やす事にした。それらを見つけ出し、失われた物を解き明かせ。』と」


「なんだそりゃ?訳わかんねえな」


「訳わからない。はこっちのセリフですよ。この、文書、予告状を置いたのはあなたなんですよね橋渡紡さん」


「はあ?なんでそんな面倒なことをあたしがしなくちゃいけないんだよ」


「なんでって状況証拠的に、あなたがやったんじゃないかなと推理しただけですよ」


 今この場に居るのが俺じゃなかったとしても、紡が犯人なのではないかと疑うのは火を見るより明らかだ。


「ジョーキョーショーコってのがなんだかよくわかんねーけどさ、あたしはそんな面倒な事はしないって」


「だったらここで何をしていたんですか?」


「だーかーらー!推理の様子を伺ってたって言ったろ!?」


 紡は少し気が短い所があるようで、苛立ちを隠さずに声を荒げた。


「どうして推理先輩の様子を伺っていたんですか?」


「どうしてって……それをお前に教える筋合いはないね」


 プイと言う擬音が似合うそっぽ向きをして横目でチラリとこちらを見ていた。


「それじゃあ嫌疑は晴れませんね」


「なんだよって?」


「疑いです。今あなたは俺に疑われているんですよ」


「なんであたしがお前に疑われなきゃならねーんだ?」


「それは部室で予告状が見つかったからで、その最中さなか、こちらの様子を伺うようにして隠れている人がいたら疑われるのは当然ですよ」


「だから、あたしはやってないって!あと、あんまり難しい言葉使うなよな」


 そんな難しい言葉を使った自覚はなかったのだが、紡にはもう少し優しい言葉遣いをしたほうが良さそうだ。


「いいかい?俺達が使っている、部屋に誰が置いたかわからない一枚の紙が見つかったんだ。その紙には、これからイタズラをするぞってお知らせが書いてあったんだ。その紙に書いてあったとおりに、昨日の夕方イタズラをされてしまっんだ。そんな時に紡さんみたいに隠れていたら怪しいだろう?」


「たしかにわかりやすいけど、あんまりあたしを馬鹿にするなよ!先輩だぞ!」


 鼻にかかる特徴的な声で怒鳴られても大して迫力は無く、全く怖くはない。

 むしろ可愛いとまで思えてしまった。これが萌ってやつなのか。


「すいません。冗談です」


「あー笑ってる!こいつ!先輩をなんだと思ってるんだ!」


 綾には居るだけで周囲を和やかにする雰囲気があるが、紡には居るだけで周囲を楽しませる力があるのだなと、この時思った。


「なんとなくわかりました。ところで、ジニアの花言葉は知っていますか?」


「ジニア?なんだそれ。国か?どっかの国なのか!?」


「ぷっ。違いますよ」


「あー!また先輩を馬鹿にしたな!」


「してないですよ。面白い人だなと思っただけです」


 紡の嫌疑が完全に晴れた訳ではないが、紡があの予告状を出したとは、到底思えない。

 性格的にもそんな手段を取るとは思えないしな。

 紡の事を詳しく知っている訳ではないが、無くした物があったのならば、力づくで取り返しに行くのではないのだろうか。


 それに階段で隠れていた所を俺に見つかってしまうくらいだ。他の真理部員を出し抜いて、予告を遂行できるとは思えない。


「そうやって馬鹿にして!」


 紡の声が階段に響き渡るのと同時に、一時間目の予冷チャイムも鳴り響いた。


「あっ、そろそろ行かないと」


 踵を返し、教室へ向かおうと廊下の方へ体を向けると、ガシリと力強く肩を掴まれた。


「ちょっと待て!」


「なんですか?」


「推理と綾にはあたしが見てた事は黙っててくれ!」


「まあ、それは構わないですけど」


 紡の爪先から、頭の天辺までをわざとらしく舐め回すように見てやると、紡は狼狽えるような声を上げた。


「な、なんだよ」


 少し身を引いて、俺から距離を取ってこちらを見ている。

 やっぱりこの人、からかいがいがあるな。


「また放課後、少しお話できますか?」


「話しするだけ……だよな?」


「それは先輩次第です」


「ちょ、お前なにするつもりなんだよ!ってお前どこに行くんだ。まだ話は────」


 紡の言葉を遮り、言ってやった。


「どちらにせよ推理先輩と橋渡先輩に話されたくないのならここでまた会いましょう」


 言い切ると、すぐに階段を後にした。


 後ろでなんかごちゃごちゃ言ってるみたいだったけど、気にせずに足を進めた。

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