UMAの本懐2

「うえー……」


 目的地の町までの路面は最悪だった。

 バスが通っている道なのだから未舗装という事はないのだろうが、小型のバスはガタガタと揺れた。


 もとから三半規管が弱い事は認識してはいたが、完全に乗り物酔いをしてしまった格好だ。


「だ、大丈夫……?」


 道路に座り込む俺の背中をさすってくれる綾が天使に見える。


 誘った張本人だから後ろめたい気持ちもあるのかもしれないが、それはまた別の話だ。


「これくらいでへばるなんて、情けないわ。これからパートナーとして、色々な僻地に付き従ってもらうつもりなんだから、もう少し鍛えておきなさい」


 推理はといえばそんな無茶な事を言っていた。三半規管を鍛える事なんてできるのだろうか?

 それに、僻地に付き従うなんて一言も言ったことはないのだが。

 僻地になんて行きたくもないし。


「先輩の言う通り、乗り物酔いは慣れで克服できるよ。日常的に頭を前後左右に動かしたり、前転や後転を繰り返す事によって三半規管が鍛えられると言われているんだ」


 俺の表情から考えを読み取ったのか、葵木がそう付け足した。


 でもな、違うぞ葵木。俺がこんな顔をしているのは乗り物酔いで気持ちが悪いのと、僻地につきあわされる事を思慮しての事だ。


 綾だって怒っていいんだぞ。祖父の暮らす町を僻地と言われたに等しいのだから。


 しかし、綾はそんな事、気にする事でもないと言わんばかりに俺の背中を擦り続けていた。


「綾。随分と大きくなったな。つむぎは一緒じゃなかったのか。雨宮君もひさしぶりだね」


 バスの停留所の待合室から一人の白髪の男性が近づいてきた。

 茶色のジャケットを着込み、下はグレーのチノパンを履いていてキッチリとした印象を受けるが、足元には黒い長靴を履いている。

 かなりアンバランスに見える。


 綾と推理の名前を呼んだ所を見るに、待ち合わせをしていた綾の祖父だろう。


 男性は綾、推理と目配せで挨拶をしてから俺と葵木に視線を向けたがすぐに綾に向き直った。


「おじいちゃん久しぶり」


 綾は俺の背中から手を離し、男性の元へと駆け寄った。推理もそれに続く。


「今回は招待ありがとうございます」


 言いながら推理が手を差し出すと、男性も推理に手を出し、しっかりと握手を交わした。


「えっとね。こっちが阿部君で、こっちが葵木君」


「どうも。葵木です。今日は宜しくお願いします」


 綾の紹介に合わせて葵木が手を差し出すが、男性が握り返す事は無かった。


 葵木は面食らった様子で、手を引っ込めるべきかどうか決めあぐねている様子だ。


 気難しそうな人だな。


 だけど紹介された以上名乗らない訳にはいかないよな。


 重い体を起こして綾の祖父の元へと向かう。


「どうも、阿部___」


「紡は?」


 最後まで言い終わる前に遮られた。


「あー、あのね、今日はちょっと!予定が合わなかったみたいでね……」


 そう答えた綾の目線はかなり泳いでいた。

 横で推理が小声で「良いのよあんなヤツ」と言っていたがどういう意味なのだろうか?


「そうか」


 そう言うや否や男性は踵を返すと歩き始めた。


 どうやら付いてこいと言う意味らしく、慌てて綾がその後を追いかけ、それに並ぶ形で推理。そのさらに後ろに俺と葵木が並んで歩く。


 バスの停留所は商店街の端に位置していたらしく、シャッターの降りた商店の群を通り抜けていく。


「この辺りはシャッター街らしいんだ。昔はかなり栄えていたらしいけど、近くにショッピングモールができたせいでこの有様なんだって。まるで廃墟だよね」


 そう小声で葵木が教えてくれるが、聞こえていたのか男性がこちらをちらりと見たような気がした。

 後方を確認するためにただ振り返っただけかもしれないが、俺と葵木は息を飲んだ。


 男性がしっかりと前を向いたのを確認してから葵木に話しかける。


「それも調べたのか?」


「ああ、そうさ。昔から物を調べるのが好きなんだよ」


「へえー、他にはなんか成果はあったのか?」


「他にはって、この町についてかい?」


「ああ」


 葵木は左前方に見える山を指して答える。


「自然を活かしたキャンプ場が最近は賑わっているみたいだね。問題もあるみたいだけどね」


「問題?」


「ゴミをそのままにして帰る輩がいるらしいんだ。注意喚起はしているみたいだけど、中々良くならないんだって」


「なるほどな」


 人が来なければ町として財政が潤わない。

 人がくれば財政は潤ったとしても他の問題が発生する。中々に難しい問題だな。


「おっ、見て。露店なんかもやっているんだね」


 葵木が指さした先には、イカ焼きと書かれた看板が掲げられた露店が出ていた。

 近づくにつれて、香ばしい香りが漂ってくる。

 乗り物酔いしている身には辛い。


 その先にもポツリポツリと露店が出店されていて、進んで行くとどんどんと露店の数が増えていく。


 まるでお祭りのような雰囲気で、人もかなり多く、賑わっている。


 その一角に堂々と看板の掲げられた空き地があった。

 その前で男性は足を止める。


 そして、看板を見上げた。

 つられて俺達も見上げだ。


 そこには

『ツチノコを探そう!見つけた人には一千万円』と書かれていた。

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