密室に置かれた予告状9

 部活も終わり帰宅し、自室で一人ぼんやりと考え事をしながら過ごしていた。


 やらなければならないことはたくさんあるのに、たくさんありすぎるがゆえに何から手を付けたら良いのかわからない状態だ。


 茜さんから手渡された『課題』。

 これに関しては、与えられた情報を正しく処理するだけ。


 次に、部室に置かれていた『怪文書』だが、これが問題だ。


 犯人が取り戻そうとしている物は何なのか?取り戻したい物があったとして、なぜそれを真理部に予告してきたのか?


 ジニアとコイン&設問。ヒントを与えてくれているとはいえ、抽象的な部分が多く断定はできない状況だ。


 そもそもあの話しとはなんの事なのだろう。

 俺の知り得ない話しである可能性すらある。

 そうだった場合、俺にあの怪文書の謎を解き明かす事はできない。


 だとすれば真理部の特定のに向けられて、あの怪文書が作成されたって事もありうるのか……


 俺にこの謎を解き明かせる可能性があるとすれば、犯行現場を直接押さえる。それに準ずる部室の中にいる所を捉える等するしかなさそうだよな。


 手っ取り早いっちゃ手っ取り早いが、それで犯人を断定したとしても、なんか負けたような気はする。しかし、現状を打破するには試してみる他ないか。


 俺が正対する学習机の上には、茜が防犯目的で購入をして、結局使われる事のなかった、人感式の小型防犯カメラが箱に入ったまま置かれている。


「背に腹は代えられないよな」


 課題を解きたいのに、怪文書の謎がその思考の邪魔をする。


 課題に集中するためにも、障害となる怪文書の犯人を突き止めるのが急務なのだ。


 ───────────────────────


 翌朝。誰よりも早く学校へ向かい。昇降口が開くのと同時に部室前へと向かった。

 もちろん推理はまだ登校していないため、部室の鍵は閉まったままだ。ちなみに現在は六時半だ。推理が登校してくるまで三十分程の余裕があることになる。


 今回、仕掛けるカメラの事は推理には話さない事にした。

 カメラを仕掛けるなんて話たら絶対に駄々をこねて、探偵としてのロマンがないとか、風情がないとか言い出しかねないと判断したからだ。


 周囲を確認してから、家で準備をしてきた人感式小型カメラをリュックから取り出す。

 しっかり充電もしてきたし、動作確認もした。


 一回のフル充電で十二時間ほど使用できると説明書に書いてあったから、今設置したとしても、完全下校時刻までをしっかりとカバーできる。


 もし録画されていた場合はマイクロSDカードに保存されるから、スマホですぐに確認ができる。


 こんなありがたいものを使わないで置いておいてくれた茜さんに感謝だ。


 待ってろよ。名も知れぬ怪盗!

 ん、盗んでないんだから怪盗はおかしいか……増やしてるんだから。怪増かいぞうと命名してやろう。

 待ってろよ怪増!


「あれ、お前何してんだ?」


 振り返ると、そこには紡の姿があった。推理かもと思い一瞬焦ったが、すぐに平常心を取り戻した。


「それはこっちのセリフですよ。先輩こそこんな朝早くなにしてんですか?」


「別にあたしがここに居たっておかしくはないだろ?ここの生徒なんだから」


 俺が聞きたかったのは朝早くに何をしているのかという事、返ってきた答えはここに居る理由だった。

 噛み合わない会話だ。

 しかし、推測は容易い。


「どうせ、推理先輩の様子を見るために来たんでしょう?」


 紡はギクリと肩を怒らせ、「推理には黙っててくれよ」と言うが、はなから俺も推理に話すつもりはない。


 しかし、だからといって紡本人に話す気はない事を話す必要もない。


「それは先輩の出方次第ですかね」


「あ、あたしは、何をすれば黙っててくれるんだ?」


 やはりこの先輩はチョロい。話が早くて助かる。


「でしたら、このカメラを仕掛けるのを手伝って貰っても良いですか」


「カメラ?そんなのどこにあるんだ?」


 紡がそういうのも無理はない。この小型カメラ、形状だけではカメラには見えず、大きさも五センチ程。カメラだと説明されなければ設置してあっても気が付かないかもしれない。


「これですよ。これを両面テープで天井に貼り付けたいんですけど、肩車するんでこっちのレンズの方を下にして貼り付けて欲しいんです」


「これがカメラなのか?こんなので撮れるのか?凄いな」


 関心した様子で、五センチ程の黒い小さな箱をあらゆる角度から見ている紡。


「あまり時間がないので良いですかね」


「ああ。いいぞ!」


 言って紡はしゃがみ込むようなポーズをして頭を下げた。


「……何やってんですか?」


「何って肩車してほしいんだろ?いいぞ。乗って」


 紡は綾と双子と言うだけあって、体はそんなに大きな方ではない。

 俺も同級生と比べれば大きい方とは言えないが、男子と女子の差とでも言うべきか、紡と俺を比べれば俺の方があきらかに大きい。


 そんな女の子の上に跨るなんて、そんな事できるか?


「じゃあお言葉に甘えて」


 断りを入れてから紡の両方に足を預ける。


「じゃあ行くぞ!。グギギギギ」


 紡は懸命に踏ん張ろうとしているが、俺の体は一向に持ち上がらない。


「先輩。もっといきんで下さい。早くしないと推理先輩が来ますよ」


「ま、任せろ。ぐぬぬぬぬぬ」


 推理と言う単語を聞いてリミッターが外れたのか、なんと俺の体は────


「う、浮いた!?」


 ほんの少し。一瞬だけだが。


 すぐに俺の両方は地面に着地して、紡は廊下に倒れ込んだ。


「む、無理だぞ……」


 そりゃそうだろう。俺だってそう思っていた。

 だけど紡は面白いから、居ればイジりたくなってしまう。


「でしょうね」


「お前、わかっててやらせたのか!?」


 紡の質問には答えず俺は廊下に両手をついて組体操で言う所の馬の体制を取った。


 天井の高さは目測で二メートルちょっと。俺が馬になり、紡が手を伸ばせば届く高さだ。


「早くして下さいよ。先輩」


「お前あたしの事馬鹿にしてないか」


「馬鹿にはしてないですよ。だから早くして下さい。推理先輩が来ますよ」


「そ、それは困るな」


 恐る恐ると言った様子で、俺の背中に上履きを脱いで上がる紡。


「痛くないか?」


「大丈夫です」


 存外に紡は気づかいもできるのか。


「絶対に上は向くなよ」


「はいはい。向きませんよ」


 俺だってこれ以上時間を消費して、推理にこの現場を見られる訳にもいかないからな。

 大人しく、下を向いてやり過ごす。


 数十秒の間があって、紡は俺の背中から飛び降りるようにして降りた。


「終わったぞ」


「そうですか。ありがとうございます」


「じゃあそろそろ時間がヤバそうだから、あたしは階段の影に行くからな!」


 俺が馬の体制から戻る前に、紡は階段へと走っていってしまった。


「さて」

 

 俺も真理部の面々を迎え入れるため、持ってきていた両面テープやらをまとめてリュックに放り込んだ。


 これで今日の放課後には、犯人を断定できるはずだ。



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