密室に置かれた予告状3

 俺が課題に夢中になっていた裏で、新たな事件が勃発していた。


 放課後、教室で一人課題に取り掛かっていたせいで真理部の三人から遅れること一時間。


 怒られるかもなと思いながら部室に行くと、そんなこともなく。

 俺には全く興味がない感じで、推理はテーブルに座り何かを見ていて、その横に葵木と綾が立って推理が見ている物を同様に覗き込んでいた。


「なにかあったんですか?」


 咎められなかった事に安堵しつつリュックを椅子の背もたれに背負わせ、座りながらそう声を掛けた。


「阿部君。君はこの部屋の中に怪文書を置いたりしていないよね?」


 俺の質問に返答を返してきたのは葵木だった。

 推理と綾はテーブルの上に置かれた何かに完全に目を奪われているようで、全く見向きもしない。


 少し淋しいような気もするが、これでいいのだ。


「怪文書?なんの話だ」


 身を乗り出してテーブルの向こう側、推理の領域側には一枚の紙が置かれていた。


 金の線で縁取られた、賞状のような材質の紙のように見える。


 何やらその中央に文字が書かれているようなので、三人に習って俺も覗きんでみると、逆からだと読みづらいがこう書いてあった。


『失われた物を取り戻すため、私はこの部室内に物を増やす事にした。

 それらを見つけ出し、失われた物を解き明かせ。』


 なんじゃこれ?一目見ただけでは意味不明である。


「見覚えはない?」


「ないね。誰が持ってきたんだよ。その怪文書」


 葵木は苦笑いを浮かべ、大げさに両手を広げてからこう答えた。


「僕たちがこの部屋に入った時には


「推理先輩ちゃんと鍵返しました?」


 以前もこんな事があったが、普段から使われていない教室は施錠されていて、鍵は職員室で一括管理されている。


「返したわ。ノートにもちゃんと書いたわ」


 鍵を持ち出したり、返却する場合には鍵の下にぶら下がっているノートに学年と名前を記帳する必要があるのだ。


「そうですか」


 だとしたら、この怪文書を置いた犯人を特定するのは容易だろう。


 この部屋が密室である以上、鍵がない事には扉を開く事はできず、怪文書を残す事はできない。

 逆を返せば犯人も鍵を借りて、ノートに名前を記しているはずだ。


 職員室には常に職員が常駐している。その兼ね合いで、普段はそこにいない生徒が目を盗んで鍵を取って戻すというのはかなり難しい事だ。


 サブの鍵もあるにはあるらしいが、これは教頭が管理していて、どこにしまわれているのかもわからない。選択肢から外して良いだろう。


「そうだわ!みんな、この怪文書に書かれている事が正しいのなら、かの部屋の中に何かが増えているはずよ。すぐに探しなさい!」


 急に思いついたように、推理が号令をかけると、葵木と綾はそれに従い、準備室の中に置かれているダンボールやら棚の中を探し始めた。


 そんな事しなくても、職員室に鍵の貸出記録見に行けば良いじゃないですかと提案をしたい所だが、────そんな事をすれば、おそらく推理によって却下される事は安易に想像できた


「推理先輩。来てすぐで申し訳ないんですけど、お腹が痛いのでトイレに行ってきます」


「トイレ……?行ってきなさい」


 推理は不審な目を俺に向けるが、お宝探しの方が大切なようで、すぐに俺から視線を切るとそう告げた。


「少し、長くなるかもしれません」


「そんな事言わなくていいから、早く行ってきなはい!」


 これで少し手間取ったとしても、言い訳もできる。

 犯人特定までチャッチャッと片付けちゃいましょう。


 部室を出ると、真っ直ぐに職員室へと向かった。


 扉をノックしてから入ると、担任教師兼真理部顧問である屋敷先生が椅子に座り、項垂れているのが目に入って来た。


「失礼します。先生、お疲れのようですね」


 机に積まれた書類の山越しに目が合うと、オーと口をОの字にして手のひらをこちらへ向けた。


「歳を取るとね。特に何をしたって訳でもないけど疲れるんだよ」


 わかりそうでわからない事をさも当然の事のように言っているが、俺がそれを理解できるのは何年後の事になるのだろうか?

 まあ、わからない可能性もあるよな。


「そうなんですか。少し確認したいことがあって来たんですけど、鍵の貸出記録を見せて頂いてもいいですか?」


 屋敷先生は二つ返事でどうぞと甲高い声で返事をすると、俺が来る前にやっていただろう机の上での作業に戻った。


 扉から鍵のノートには手を伸ばせば届く。

 ひょいと拾い上げ、中を閲覧する。


 犯行推定時刻は、俺と推理が朝の部活動をしていた時間から放課後の間まで。


 推理が返してから借りるまでの間の時間だけを見れば良い簡単なお仕事だ。


 推理は朝、確かに鍵を返していたようで返却された記録があった。


 その返却以降で鍵が持出されているのは科学室、史学室、体育館、図書館など、準備室には関係のない鍵ばかり。


 指で辿っていき、推理が再度放課後に借りるまで、誰も準備室の鍵を借りている記載はない。


 ……ない?


 どういう事?


 準備室に忍び込んで怪文書を置いていった犯人は必ずここで鍵を借りているはずなのだ。


 あり得ないと思っていたが、無断で持ち出した不届き者がいると言う事か?


「先生。ノートに名前を書かないで鍵を持ち出した者はいませんでしたか?」


 屋敷先生は作業の手を止め、こちらへ向き直り、少し考えるような仕草を見せてから答えた。


「授業もあるかね全て見ていた訳ではないけど、それは難しいと思うよ。必ず誰かは職員室にいるし、誰かが入ってくればそちらに注目をするからね。それに、鍵を借りに来る生徒はだいたい同じ生徒で、普段、鍵を借りない生徒がそこらでうろちょろしてたら声をかけるからね」


 聞いてもいないことまで答えてくれて、質問をする手間が省けたな。


 でも、確かにそうだよな。普段起こらない事が起これば対応する。さも当然の事だ。


「そうですよね。ありがとうございました」


 ノートを戻し、挨拶も済ませると、職員室を後にした。


 つまり、朝の部活から放課後まで、部室内は密室だった事になる。

 誰がなんの目的で、またどうやってあの怪文書を忍ばせたのだろうか。

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