幕間

ごくらく

 雨ヶ埼あまがさきの女の肉体は格別だ、と新地の『』に一度でも上がったことがあるは必ず言う。

 すべての女が美しいわけではない。特筆すべきテクニックを持つ者ばかりでもない。処女もいれば男に抱かれることに倦んで行為の間中死んだように動かない者もいる。

 それでも。

 『』の女たちは素晴らしい。男を文字通り極楽に連れて行ってくれる、と誰もが口を揃えて言う。


 二年前。

 殺人事件を経て、店の名が『ごくらく』から『』に変わった。


 二年よりさら以前、東京からやって来た高利貸し、あざみ秋彦あきひこが雨ヶ埼烏子からすこの配偶者として婿養子に入ってから、雨ヶ埼家の周辺は姿を変えつつあった。女が金を産み、男がそれを総取りするという雨ヶ埼のシステムを秋彦は嫌った。妻である烏子が結婚から半年もせずに死亡したことをきっかけに、彼の気持ちは固まったようだった。体を売ることを望まない雨ヶ埼の女には、異なる仕事を斡旋した。同じ仕事を続けたいと望む者には、相応の給料を渡した。


 『ごくらく』という店名を誰がどういうつもりで命名したのかを秋彦は知らない。雨ヶ埼秋彦は所詮関東の鬼薊、雨ヶ埼の人間ではないのだ。


「雨ヶ埼の女は極楽浄土に行ける」


 戯言たわごとだ。

 秋彦は天国も地獄も、信じていない。

 この世で唯一信頼に足るものは、金。金だ。雨ヶ埼秋彦も、金を愛している。だが生粋の雨ヶ埼の人間とは愛し方が違う。

 雨ヶ埼は邪道、自分こそが正道。

 天国も地獄も信じぬままに、金の崇拝者たる秋彦はそう考えている。

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