第4話 山田

 痛みを感じなければ何事もなかったことにできるわけではなく、間宮が警察を呼び、秋彦が救急車を呼んだ。やり手婆はパトカーに乗せられ、山田は救急車で搬送された。午前中の新地はちょっとした騒ぎになった。この状態では今夜は『しおまねき』は店を開けることができないだろう、と救急車の荒い運転に揺られながら山田は思った。軽く車酔いをしていた。


 病院の処置室に、瓜生と黒松が現れた。誰も彼らには連絡を入れていないはずなのだが。

「おまえ……スマホの電源切りおって……」

 開口一番瓜生は唸り、

「『しおまねき』のばあちゃんに刺されたってほんまか? おまえ何したんや?」

 と黒松は一瞬も躊躇せずに山田に非があるような物言いをした。白いベッドに横たわったままで山田はヘラヘラと笑った。

 やり手婆は今も警察署にいる、と思う。薊秋彦は救急車ではなくパトカーに乗り込んだ。

「山田さん、具合どうですか……あ」

「あ?」

「ああ?」

 処置室の扉が開く。入ってきたのは病院関係者ではなく──間宮最だった。山田とともに救急車に乗り込み、病院に到着してからしばらく姿を消していた。黒松、瓜生の顔をゆっくりと見上げた間宮が「あーあー……」と消え入りそうな声を出す。

「東京の探偵やないけ」

 口を開いたのは黒松だ。瓜生はまったく心当たりがないとでも言いたげな訝しげな目で間宮を見下ろしている。

「は? 探偵?」

「せやろ? ねえちゃん」

「なんでご存知なんですか……間宮、と申します。山田さんの要請で助っ人として参りました」

 名刺を差し出しつつ、しれっと責任を山田に押し付ける間宮の発言は間違ってはいないが、脇腹を出刃包丁で刺されてベッドの上に横たわっている状態では(そんな言い方をするな)と目で訴えることしかできなかった。

 この病院にも東條組の息がかかっているらしい。病院関係者が入ってくる気配すらないだだっ広い処置室で、瓜生、黒松、そして間宮が山田を挟んで向き合っている。せめてその辺りに腰掛けてくれないかと思ったのだが、椅子らしきものは見当たらない。

「探偵? おまえ、東京から探偵を呼んだんか?」

 瓜生の詰問に、山田は小さく顔を動かして頷いた。

「何のために? ってかそれ以前に電話に出ぇや、おまえは!」

「何のためって言われてもな……俺は東條の人間じゃないし、雨ヶ埼ともはっきり言って関係がない。それに秋彦さんとも10年ぶりだから、、と思って」

「それで探偵を?」

 呆れ声を上げたのは黒松だ。

「間宮最、聞いたことあるで。ややこい事件の影に間宮あり、って噂を聞いたけど……女やったんか」

「女だと、何か問題でも?」

 腹を立てているというよりは面白がっているような口調の間宮に、いや、と黒松は首を横に振る。

「山田は面食いやけど、あんたはなんもされてへんみたいやな」

「山田さんは面食い以前のなんでも食う生き物ですよ。悪食です。それにどちらかというと私の方が顔で選びます。山田さんは好みじゃないです」

「そらええわ。気が合うな」

 豪快に笑った黒松が、ようやくどこかから見付けてきたらしい丸椅子に腰を下ろす。間宮は山田が横になっているベッドの端に座った。瓜生は腕組みをしたままで立ち尽くしている。それぞれ落ち着くべき場所に落ち着いてくれた。

「本題に入ろう」

 山田の言葉に、間宮が静かに首肯した。

「本題?」

「どういう意味……山田おまえ、『しおまねき』の婆に刺されたんやろ?」

 黒松の呟き、瓜生の問いかけに「そうです」と間宮が代わりに応じる。

「恐らく、先方は私のことを刺すつもりだったと思うんですが」

「あんたを? 理由は?」

 黒松が尋ね、間宮は肩を竦める。

「……それだけ?」

「それだけですよ。じゅうぶんすぎるほど理由になります。私は女で、あの店の客じゃない。それなのに無理やり殺人現場になった部屋に踏み込んで、

「──

 丸太のような腕を組んだ黒松が唸る。

「あゆみの件や配信者の件と、今起きとる厄介ごとが繋がっとる、とでも言うんか、探偵さん?」

「その通りです、えっと、黒松さん。あの部屋に亡くなったあゆみさんの幽霊が出るかどうかは取り敢えず置いておくとして──まずは雨ヶ埼です。配信者、禁足地のミッキーが踏み込んだ、最後の禁じられた場所」

 瓜生と黒松が顔を見合わせている。山田は黙って目を閉じる。

「禁足地っちゅうんは……」

「立ち入り禁止の場所。それも単に私有地だからとかそういう意味じゃなくて、信仰とか、風習とか、そういった理由があって関係者以外が気軽に踏み込んではいけない場所を示します」

 朗々と間宮は語る。黒松が口を開く。

「例の『しおまねき』で隠し撮りして死んだ配信者は、そういう場所を踏み荒らすタイプの人間やったってことか」

「はい。今もあちこちのSNSに転載されて残っている彼の配信動画を確認すると……9割がそういった禁じられた場所への無断侵入動画ですね。彼の行為を咎める土地の人たちを面白おかしく揶揄する部分もあり、見ていて気分が良くなるものではありません。コメント欄の民度も最悪です。よく活動できていたなというのが率直な感想です」

「たしかに」

 と、スマートフォンを覗き込みながら瓜生が応じる。動画を調べているのだろう。配信者していた人間が死んでも動画は残されたままなのだろうか。誰かが代理で消してくれたりはしないのか。それはそれで怖い話だな、と山田はどこか朦朧と考える。逃げても逃げても追いかけてくる怪談、怪異、化け物みたいだ。

「下品な見出しに、字幕……世間様ではこんなんがウケとるんかいな。訳分からんな」

「どうやらそのようですね。ですが、千蔵未樹が最後に残した動画──これはもう転載されているものしか確認できませんが──と彼自身の死によって、残されたチャンネルそのものは廃れつつあるようです。『千蔵の動画を見ると呪われる』って噂が立ってしまったみたいで……ああ、でも怖いもの見たさで覗いている人間は少なからずいるようですね。また新しいコメントが付いてる」

 間宮の言葉に、黒松が溜息を吐くのが分かった。

「新地だけやのうて、取材先各地への営業妨害。何の恨みがあるっていうんや」

「まったくもってその通り」

「せやけどねえちゃん……間宮。死んだ配信者と、『しおまねき』と、雨ヶ埼と、それにこの──」

 と黒松は顎で山田を示し、

「刺されたボケと。どう繋がるんや」

「全部を真っ直ぐに繋げようとするからややこしくなる、と私も先ほどようやく気付いたところです。

 名探偵、皆を集めてさてと言い──発祥地の分からない格言が山田の脳裏を過ぎった。


 間宮最の推理ショーが始まる。彼女の得意分野では、ないはずなのだが。

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