第5話 間宮
前提として、雨ヶ埼は味方ではないんですよ。
私たちは薊秋彦という人間を通して『雨ヶ埼』を見ていた。だから勘違いをしていた。そこから見直していかなくてはならないと思うんです。
薊秋彦は『雨ヶ埼』の改革に成功した──そういう思い込みがありませんでしたか? 東條組にも、玄國会にも共通して。もちろん、私自身も、ですけど。
薊秋彦は失敗している。これを念頭に置いて話を進めましょう。
昨日、大阪に到着して。新地には入れないから、他の歓楽街を周りました。東條組の息がかかっている店ももちろん覗かせてもらいました。所謂女性向けの風俗店も充実していますね。さすがに経費で遊んだりはしませんけれど、東條組の管轄の店は想像していたほどは荒れていない、という印象でした。褒めてます。管理をされているのがどなたかは分かりませんが──ああ、もちろん、教えていただかなくても結構です。この話は本題ではない。
私が違和感を感じたのは、『雨ヶ埼』の女たちが働いているという店です。私はどの店に情報収集に行く時も自身の身分を明らかにしました。探偵であると。東京からなぜ探偵が、という質問には、例の配信者の名前を出しました。禁足地のミッキー、
ま、違うんですけどね。でも私にとって都合の良い勘違いはそのままにしておきました。誰も損しませんし、傷付けるわけでもないですし。平和、平穏が最優先ですよ。
そうして──『雨ヶ埼』系列の店は私を拒否しました。私を。女を。探偵を。探偵に喋ることなど何もないと。男性向け風俗店ならばまだ分かります。私は客ではないですからね。情報料を払うと言ったところで、不審な女とお喋りするための時間を割く気などないでしょう。それどころか、何か悪い噂でも流されたら堪らない……と、これは考えすぎかな。ま、後ろ暗いところがあるお店がそういう反応をしても特に驚かないですね。関西に限らず、関東にもそういったお店っていっぱいありますし。非合法な、ね。
しかし風俗店だけではなく他にも──開店前のキャバクラ、ラウンジ、それにガールズバー……すべてで袖にされましたね。雨ヶ埼の関係店舗。私の顔を見た瞬間塩を撒いてくる者までいました。ちょっと異常じゃないですか? どうして彼らは私を知っているんですか? その上、外部の人間だという確信を? 「こんにちは、ちょっといいですか」すら言ってないんですよ? 仮にですが、私がその……お店で働きたくて面接にやって来た女だとか、想像しないんですかね? え、無理がある? なんですか山田さん。本当にいつも失礼ですよね。いいですけど。
想像、しないんですよね。理由はひとつ。雨ヶ埼の店はそういう手段で女を手に入れていないから。
雨ヶ埼の店は、雨ヶ埼に生まれた女で回っている。更に、雨ヶ埼の女が目を付けた外部の女を引きずり込むことで成立している、滑稽なほどに閉じられた世界です。面接にやって来る女なんて存在しないんです。求人募集も出してない。新地の店だけならまだともかく、歓楽街の店全部が求人募集も、広告すらも出していませんでした。出勤してくる女性の顔をチラッと見ましたけど、いや、驚くほどの美形揃いで。雨ヶ埼って、どういうシステムで存在しているんですかね? 男性には……言い方悪いですけど不男もいるじゃないですか。ところが女性は一貫して美しい。そして不幸な顔をしている。
立ち寄った……雨ヶ埼とは無関係の開店前のバーで、詳しく話をしてくれた男性がいました。飲み物まで出してくれて、大変親切な方でした。東條組のお店ですかね? だったら後日お礼を言っておいてほしいんですけど、違ったら困るかな。あとで名前を確認します。それはそれとして。彼はその地区にある、雨ヶ埼が関与している店の名前を教えてくれました。
『てんごく』
『じょうど』
『らくえん』
『とうげん』
『えでん』
『ぱらいそ』
──気味悪くないですか? 教えてくれた男性も微妙な顔してましたよ。これ全部ソープとデリヘルの名前なんです。
いや、風俗店に『天国』とか『桃源』って名前を付けてはいけないという話ではないんです。ただ、似てませんか──今は『しおまねき』と呼ばれている店に。言葉のセンスが。
『ごくらく』という名前だったんですよね。新地の店は、もともとは。
山田さんから聞きました、雨ヶ埼の人間が薊秋彦を追い出すために東條組の手を借りようとした、と。その話を聞いた時、薊秋彦は成功したのかな、と一瞬ですが思いました。成功したからこそ、嫌悪している
思うに、逆ではありませんか? 追い詰められているのは雨ヶ埼ではない。薊秋彦だ。そう考えると腑に落ちる。あとひと押しなんですよ。もう一度だけ背中を押せば、薊秋彦を雨ヶ埼という『極楽』から追い出すことができる。だから
──写真です。
雨ヶ埼
薊秋彦は、雨ヶ埼烏子に弟を助け出してほしいと依頼されたそうですね。両親──雨ヶ埼家の長男だった父とその妻だった母に早くに死なれ、序列としては次の雨ヶ埼の家長となるべき存在であった弟、令を、父親の弟である男──叔父に囲われて、このままでは叔父一族が雨ヶ埼家の頂点に立ってしまうから、と。阻止してくれと。
薊秋彦は、……善良な人なのでしょう。高利貸しのくせに。金貸しのくせに。金の亡者という意味では雨ヶ埼家とそう差はないはずなのに、令を取り戻すだけでは飽きたらず、雨ヶ埼に命と金銭を吸い上げられている、亡くなった妻と同じ苦境に立たされているすべての女たちを救い上げようとした。それが間違いの始まりです。
彼はあくまで金貸しでしかなく、裏の社会での立ち回りには明るくない。……それは、瓜生さん、黒松さん、あなたたちも薄々感じていたことなんじゃないですか?
──『ごくらく』。
雨ヶ埼で起きていることを、薊秋彦だけが知らない。
「おまえが働くことで雨ヶ埼は救われる、おまえは必ず報われる、いつかきっと迎えに行く──雨ヶ埼の女は生まれた時から何度も囁かれとる、『おまえの献身がイエを救う』『雨ヶ埼の女は皆極楽浄土に行ける』──」
……え? 瓜生さん、今、何て……。
「要するに苦界から極楽に行くために体を売る女たちを、鬼薊が結果的に邪魔しとるってことやろ、探偵?」
苦界から、極楽に。
極楽に……。
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