第6話 山田

「探偵。結論から言え。谷家たにやを殺したんは誰や」

「雨ヶ埼の女です」

 瓜生の問いに、間宮は即答した。ようやく寝台から体を起こすことができた山田は、糸で縫われた上にガーゼと包帯で固定された傷口を右手で押さえながら、傍らに腰を下ろす探偵の顔を覗き込んだ。

「間宮、本気で言ってんのか?」

「他に誰にあんなことができるって言うんです。瓜生さんの部下の谷家さんだけじゃない。鉱山会──でしたっけ。もう20人ぐらい死んでるっていう」

「ああ」

「鉱山会の人たちを殴ったのも雨ヶ埼の女たちですよ、つまりこうです」

 瓜生の部下・谷家はともかくとして、鉱山会の若衆たちは皆それなりに警戒心を抱いて『しおまねき』に上がったはずだ。彼らの警戒心の裏をかくにはどうすれば良いか?

「顔見知りによる犯行」

 間宮は短く言い捨てて、黙った。

「ばあちゃん以外の、か?」

 黒松が絞り出すように尋ねる。山田の脇腹に出刃包丁を突き立てたやり手婆のことだ。間宮は首を横に振る。

「あのおばあちゃんは、一階に座ってないといけないんですよね。新地のシステム的に。だからおばあちゃんはです。

「鉱山の連中がどんだけポンコツやったとしても、女ひとりに殴られて倒れるほどヤワやとは思えへんけどな」

「ひとり? ひとりとは言ってませんよ」

 瓜生の呟きに、間宮が鋭く反応した。

「いいですか。店に上がった男性を誘惑することで警戒心を奪う女性がひとり。その無防備な後頭部を背後から殴る女性がひとり」

 間宮の長い人差し指と中指が静かに突き立てられる。

「女性ふたり、おばあちゃんを加えれば三人、更に言うならば凶器を準備した雨ヶ埼の関係者が存在するはずなので──どんなに少なくても人間四人が関与している事件です」

 沈黙が落ちた。探偵と三人のヤクザが、それぞれ口にすべき言葉に迷っていた。

「倒れた連中は全員美鈴と部屋に上がった」

 黒松が呟いた。以前、東條組の会議室で山田・瓜生・黒松の三人が顔を合わせた際にも口にしていた可能性だ。

「美鈴が警戒心を奪う係で、殴る女が別におるとしたら……倒れた鉱山の若衆は全員美鈴と部屋に上がった、っちゅう鬼薊の証言は間違いやないな」

「後頭部と頸部は人体の代表的な急所ですからね。うまく殴れば一発で昏倒させることだってできるはずです」

 自身の首の後ろをトントンと叩きながら間宮が同意する。腕組みをして沈黙していた瓜生が、不意に顔を上げて言った。

「何のために?」

「って、思いますよね」

 瓜生静は苛立っている。彼はこういう──周りくどい話が嫌いだ。たぶん『探偵』という胡散臭い職業も嫌いだと思う。。目の前で立て板に水とばかりに喋りまくる間宮最のことを鬱陶しいと思っていても無理はない。

 だが、間宮は臆さない。

「ここで登場するのが、雨ヶ埼令です」

 先ほど取り出したデジカメを再び掲げ、間宮は口の端を歪める。

「雨ヶ埼烏子の実弟、現在は薊秋彦が取り仕切っている雨ヶ埼家を将来的に継ぐ人物」

「せや、雨ヶ埼令や。こいつがなんで……」

 前のめりになる黒松の手にデジカメを押し付け、

「彼は、雨ヶ埼家のソープ店の店長からお金を預かっていました。その光景もきちんと撮影してあります」

「はあ?」

「要は集金係ですよ」

 両方の目玉が飛び出しそうなほどに大きく目を見開く瓜生に、間宮は強い口調で言い切った。

「雨ヶ埼令を雨ヶ埼家の因果から解放したいと思っていたのは烏子と秋彦だけで、──有り得ますよね?」

 ──それは。

 考えていなかった。想像すらしていなかった。

 少なくとも山田徹は。そして瓜生静も。

「雨ヶ埼令が、死んだ姉の亭主・薊秋彦の考え方に反発を抱いているとしたら……」

 黒松が呻く。

「秋彦がやろうとしていることを全部潰すんは、簡単やなぁ。せやろ瓜生、山田。雨ヶ埼令は、薊秋彦のイロみたいな顔で侍っとったて言うてたもんな? おまえらも雨ヶ埼令のことはなんも警戒せんでベラベラ喋りまくったやろ」

「何より彼は生粋の雨ヶ埼の人間ですからね。『しおまねき』──いやもういっそ新地の『ごくらく』と呼ぶべきか。店の人間からの信頼が厚くても何ひとつおかしくはない。皆が嘘を吐いていたってことですよ。誰も薊秋彦に信頼を置いてなんていなかった。『ごくらく』の人間たちが全員、雨ヶ埼令の指示に従って動いていたと仮定すればほら、すんなり話が通ります」

「瓜生の……谷家を病院送りにしたり、鉱山の連中を殴ったのも……?」

「そうですね山田さん。私は先ほど警戒心を奪う女性と殴る女性、という表現をしましたが、殴ったのが雨ヶ埼令だったとしても話は別に滞りません。だって彼は雨ヶ埼の人間だ。『ごくらく』に客ではない立場で滞在していたとしても、何もおかしなことはない」

「クソッ!」

 吐き捨てた瓜生が処置室を飛び出そうとするのを、椅子を蹴って立ち上がった黒松が止めた。

「どこ行くんや」

「令んとこや、決まっとるでしょう! 舐め腐りよって……あんガキ……!!」

「落ち着け瓜生。鬼薊にはどう説明する。鬼薊は──ああ、今はばあちゃんと一緒に警察におるんやったか。とにかく俺らが勝手に雨ヶ埼令アレに手ぇ出したら……」

「知るか! 俺は谷家右腕を取られとるんですよ!」

 山田には、瓜生を止めることも、「一発かましてこい」と煽ることもできない。瓜生はたしかに、一番の部下を『』いる。腹が立つのは分かる。だが、今間宮が語ったのは手に入れた情報の断片と、そこから彼女が推察しただけの内容だ。仮に、そのすべてが間違っていたとしたら? 令がしおまねき≒ごくらく連続暴行殺人事件(と呼ぶことにする)に何ひとつ関与していなかったとしたら?

「……間宮」

「はい?」

「他にもあるだろう。捜査、報告すべき内容が」

「ああ、ありますね。しおまねきがまだごくらくだった頃に起きた殺人事件。被害者はごくらくに勤務していたあゆみという源氏名の女性」

 処置室の扉前で揉める黒松と瓜生の姿を瞳に映しながら、間宮は言った。


「そっちの犯人はもう分かってるんです。雨ヶ埼の男です」

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