3章 曇り空

第1話 瓜生

 『しおまねき』で店の女と部屋に上がり、性行為をする間もなく昏倒して病院に運ばれていた鉱山会の末端組員が死んだ。

「七人……七日分?」

「いや。毎日上がれるだけ上がれって言うとったから、二日分と違うか」

「二日? しおまねきには普段何人詰めてるんだ?」

 組員たちの入院先である総合病院。谷家が担ぎ込まれた病院でもある建物の二階。カネを握らせてある内科医の診察室にて、瓜生、黒松、それに山田は顔を合わせていた。医者本人は席を外している。

 普段は内科医が座っている椅子にどっかと腰を下ろした黒松が、

「ひとつの店に二、三人てとこやろ。山田おまえ知らんのか。回転が早いんや、新地の店は」

「二、三人……すげえ速度で回してるんすね……」

「行ったことないんか?」

「まあ。ていうか興味ねんすわ」

 山田は即答して、口の端を引き上げて笑う。

「さよか。そのツラなら女には苦労せんやろしな」

「男にも苦労しねえすよ〜。黒松さんどうです、今夜」

「俺ぇ? 悪食あくじきにもほどがあるやろ」

「いやぁ本気。本気本気。黒松さん可愛い」

「瓜生、こいつどうにかせえ」

「はあ……」

 山田を止める気など、瓜生には端からなかった。手段もない。これはこういう男だ。見境がない。手が早い。それにおそらく本気で、黒松のことを可愛いと思っている。下手に口を挟んだらまた「嫉妬か?」などと軽く問われる未来が目に浮かぶ。面倒臭い。放っておいた方が自分のためだ、黒松には申し訳ないが。

「それより瓜生、死んだ七人ってのは」

「もう警察病院に回されとる。完全に変死体やからな、仕方しゃあないわ」

「変死体?」

 黒松が身を乗り出した。そういえば彼には山田に依頼した調査の結果を報告していなかったか。

「例の……雨ヶ埼の店にカメラ持って入った、配信者とかいう妙な奴」

「死んだらしいな。それぐらいは聞いとる」

 それがどうした、とさもどうでも良さそうに言い放つ黒松もきちんと反社会組織の人間だ。真人間のような顔をして配信者の死を悼まれでもしたら瓜生と山田の立つ瀬がなくなる。

 白いベッドに腰掛けた瓜生は、壁に凭れて立つ山田に目配せをする。山田が「あああああ」と溜息を吐くのが分かった。思い出したくない、という気持ちは分かる。だが実際に配信者の死に様を見たのは山田だけなのだ。

「これに」

 と、山田は顎で瓜生を指し示し、

「頼まれて、タワマン、東京の。確認しに行きましてぇ」

「配信者の? 自宅か? タワマン? えらいとこに住んどるんやな」

「盗撮動画で一攫千金〜! ビッグドリーム! いやぁ、俺も玄國会辞めて配信者に転職しようかな〜!!」

 と心にもないことを口走る山田は、

「──それはともかく自宅を覗いてみたら風呂場で死んでて。腐ってて。すげーにおい」

「それは……自殺か? それとも」

 誰かに殺されたのかとでも言いたげな黒松に、

「風呂で溺れて死亡。溺死」

「何を根拠に?」

警察ポリス。一応警視庁でウラ取ってから大阪こっちに来てます」

「さよか……」

 いっそ殺人であれば良かった、と黒松の顔にでかでかと書かれている。瓜生も同じ気持ちだ。厄介ごとが増えるのは良いことではないが、新地の店に上がった男がバタバタと倒れ、遂には七人一気に絶命するという訳の分からない事件よりは、観光地ではない場所にカメラを持ち込んだ上にそこで撮影した映像を配信して喜んでいる愚か者がどこかの誰かに殺害された、という案件の方がよほど楽しく関わることができる。

「ほんまに溺れたんか? こう、睡眠薬とか飲まして……」

「そういう薬物的なものは特に出てこなかったらしいですけど。でもまあ、追い焚き繰り返してるお湯の中に何日も浸かったまんまでグツグツ煮られて腐っちゃったらしいから、検出できない薬物があった可能性もなくはない──」

「もうええ。もうやめえ山田。気色悪くなってきた」

 喋り続ける山田を制して、黒松が吐き捨てた。瓜生も同じ気持ちだった。実際に死んだ男を見た山田よりも、伝聞で情報を耳に入れただけの瓜生と黒松の方がダメージを受けている。妙な光景だった。


 扉をノックする音がした。診察室の扉には『休診』の札が下がっているはずだ。


「誰や」

「俺です、組長。失礼します」

 黒松の問いに応じて入ってきたのは、彼が組長を勤める朴東ぼくとう組の幹部を勤めている男だった。

「おう。どないした」

「今、下に府警のが」

「どのおっちゃん?」

櫛崎くしざき警部補」

「あいつか」

 櫛崎。黒松とは昵懇の間柄の警察官だ。だが黒松だけでなく、朴東組の組員からも親しげに『おっちゃん』と呼ばれている、と瓜生は今初めて知った。

「死んだ鉱山の若衆の件で話があるそうで」

「こっちに呼ぶか?」

 黒松の問いは瓜生に向けたものだ。この狭い診察室に、これ以上人間を入れるのは正直避けたい。それに、山田の紹介もしなくてはならない。面倒だ。

「黒松さん、ちょっと行ってもらえますか」

「ええで。ちょうど外の空気吸いたなってきたとこや」

 部下と共に診察室を出て行く黒松の分厚い背中を見送り、瓜生は大きく息を吐いた。煙草が欲しい。だが、残念ながら院内は全面禁煙だし、ここは他人の診察室だ。

 櫛崎警部補おっちゃんが持ってきた情報がどのようなものか、今はまだ想像することしかできない。どうせ、碌なものではないだろう。

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