幕間

四宮

 新地の『』に勤めていたあゆみが殺害され、葬儀を終え、やり手婆の要請で部屋の改装とお祓いを行い、しばらく経ってから幽霊が出るようになった。あゆみがまだそこにいると、気付いたものは少ない。やり手婆すら気付いていない。美鈴と、それに他数人の人間たちだけが、あゆみの気配を察知していた。

 あゆみは生前の姿や、殺された時の悲壮な形相、或いは完全にこの世の存在ではない奇怪な佇まいで部屋に現れた。例の動画配信者が撮影した映像もそうだ。現実にはない桃色の着物(あゆみが愛用していた衣装だった、殺害された際に血で真っ赤に染まり、葬儀の際に遺体と共に焼いた)の袖にニタニタと不気味な笑みを浮かべ、配信者、及び配信を見た者たちを驚かせた。

 あゆみの目的は誰にも分からない。


 あゆみの葬儀と祓いを行った巫女が、ある日不意に店を訪ねてきた。迎えたのは美鈴だったが、彼女と直接会話をしたのは美鈴ではない。それでも、声だけは聞こえてきた。店の壁が薄いのだ。

「神様になりたくない?」

 四宮しのみやももという名の巫女は、問うた。


 本来ならば新地に女性客は歓迎されない。悪質な冷やかし、興味本位の観光客としか受け取られないからだ。仮に金を払って店の娘と部屋に上がりたいと申し出ても、大抵の場合は断られる。新地は、そういう場所なのだ。

 だが、四宮は別だ。『』から『』へと屋号を変えた店の入り口に、巫女は背筋をピンと伸ばして立った。オーバーサイズの紫色のTシャツに、これまたたっぷりとしたサイズの色褪せたデニム、足元はNIKEのサンダルといった出立ちの四宮を、やり手婆は素直に部屋に上げた。

 性交渉が目的ではない。自身が祓いを行った部屋をぐるりと見回した四宮は、小さく溜息を吐いた。

「うまくいってない」

「あゆみ?」

 尋ねると、四宮は神妙な顔で首を縦に振った。

「四宮さんはプロやないのん。お祓いも、お葬式も、あんじょうやらはったやん」

「プロだよ。プロだから言ってるの。ここ、良くないなぁ。良くない店だ」

 平たい布団の上にあぐらをかいた四宮が、投げ捨てるような口調で言った。

 良くない店。

 その表現は、正しい。

雨ヶ埼あまがさきの持ちモンやもん」

「雨ヶ埼? ……ああ、依頼寄越した」

 良くない家なの? と小首を傾げる四宮は可憐だ。可憐だが、強い。雨ヶ埼の女たちとは違う。男たちのためにカネを儲ける道具としてのみ使役される雨ヶ埼の女たちとは、まるで。

「一応定期的に来て様子は見るけどさ、そのうちなんか悪いこと起きるかも」

「悪いこと? ……また誰か殺されるとか?」

 小声で質問をすると、四宮はなんともいえない表情で眉を寄せる。否とも応とも取れる、彼女の感情を顔付きからだけで読み取るのは困難だ。

「四宮さんでどもこもならへんかったら、このお店どうなってしまうん」

「心配? だから?」

「……そういうわけやないけど」

 思わず俯いた顔を、四宮が背中を丸めて覗き込む。真っ黒い目玉。何もかも、心の奥に仕舞い込んだ決して表に出してはいけない本心までもを知られてしまいそうで、怖かった。

「ねえ」

 四宮が言った。

「神様になりたくない?」

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