第7話 瓜生

 母屋に戻ると秋彦が帰宅していたので、瓜生と山田はそのまま雨ヶ埼邸を辞した。令は秋彦の膝に小さな頭を預けてすやすやと眠っていた。

「おまえな、言うてええことと悪いことがあるやろ」

「あ?」

「雨ヶ埼一樹に」

「ああ」

 小さな雨粒が時折肩を叩く程度の小雨なので、傘を差さずに歩いた。そもそもふたりとも傘を持っていなかった。


 雨ヶ埼邸から少し離れた場所にある月極駐車場(秋彦の持ち物だ)に停めてあった瓜生の私用車に乗り込み、煙草に火を点けた。助手席に長い足を縮めるようにして収まった山田は、

「令ちゃんに聞いたんだよ」

「何を」

「雨ヶ埼の男はクズばっかって」

「……どういう」

 眉を寄せる瓜生の顔をちらりと見遣った山田は、

「女を売る女を売るって口癖みてえに言ってっけど、じゃあ仮にはどうなるんだよ。理由はなんだっていい。見た目──がいちばんの問題になるんだろうけど、他にも俺みたいにこう」

 と自身の左側の肩口を右手でぐっと掴み、

「腕がないとか、脚がないとか? 生まれついてのそういうのはどうするんだ? そういう女も売るのか? も売り物にするのか?」

「待て待て」

 立板に水の勢いで喋りまくる山田の口に吸いかけの煙草を捩じ込み、瓜生は両目を大きく瞬いた。

「その辺りは俺は知らん。俺というか、東條うちの人間は皆知らん。山田、おまえにも分かるやろ。俺らはな、ほんまのところを言うと雨ヶ埼には関わりたくないんや。秋彦さんと知りうた今でも気持ちは変わっとらん。あんな薄汚れた……イロとカネの化物バケモンみたいな一族……」

「それだよそれそれ」

 クルマに備え付けてある灰皿に紙巻きを放り込み、山田が大声を上げた。

雨ヶ埼あいつらと距離を取りたいのは東條おまえらだけじゃない。玄國会おれらだって同じだ。ラッキーなことに雨ヶ埼が名古屋以西を庭扱いしているお陰で俺らは連中に関わらないで済んでたけど、あの──。クソがよ」

 また死んだ人間の話だ。タワマンの風呂場で溶けて死んだ男。

「配信。俺はそういうの良く分からんが、とにかくそれを通じてあいつは何かを拡散しようとした」

「拡散……て。新地の女を隠し撮りしただけやろ。それでもじゅうぶん問題行動やけど」

「そうだな。だがあの店では殺人事件もあった。秋彦さんが言ってたじゃねえか、最近じゃ幽霊も出るって」

「つまり」

「雨ヶ埼の男たちに抑え込まれていた女たちが、庭から出ようとしている。外の人間たちに、自分たちの存在を知らしめようとしている」

 山田の推理は突拍子がない。かと言って瓜生個人としてもどうにも考えが纏まらない。彼の言葉を黙って聞くことしか、今はできなかった。

「俺も見たよ映像、一回だけ。祟りだの呪いだのってのはあんまり信じてないが、映像越しに目が合ったのにはちょっと寒気がしたね」

「桃色の袖の上に──」

 浮かび上がった顔。瓜生も見た。確かに見た。あれがあゆみなのだろうか。2年前に『しおまねき』で通り魔に殺された女。無念ではあるだろう。しかし。

「それに加えて気になるのは」

「お祓い」

 ふたりの声が重なった。

「気が合うね」

「ここまでヒント出されたら誰でもこういう結論になるやろ」

 祓ったのではなく、呪ったのではないか。

 四宮の女。


 瓜生のスーツのふところでスマートフォンが震える。

 入院していた鉱山会の下っ端が死んだ。

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