第5話 瓜生
翌日。
美鈴に聞き取りを行いたいという瓜生の申し出に案の定
「悪いが『しおまねき』としてはヤクザと関わりを持ちたくない。ただでさえ鉱山会の連中が店に上がるってんで、新地内でも悪い評判が立ち始めているんだが」
「鉱山会はもう来えへん。半分倒れたし、検証もここらで終いでええやろ」
「半分?」
合同捜査の会議室と化した雨ヶ埼邸の客室で、秋彦が両目を見開いた。令はいない。午前九時。聞けば、まだ寝室にいるのだという。
令が外しそうな時間を狙った、というのが正直なところだ。瓜生は、彼に対してどうも薄ら寒い印象を持ちつつある。
「半分もくたばったのか? 『しおまねき』に上がった連中が?」
「まだです。せやけどまあどいつもこいつも病院で意識不明の重体らしいし、時間の問題でしょ」
「……無茶苦茶やるな、おまえらヤクザは」
「高利貸しの
「俺は俺の体ひとつでやってたからよ。集団で動くおまえらと一緒にされちゃ困るんだよな」
いい年のはずなのに、生意気な口を利く年寄りだ。雨ヶ埼烏子という女と一緒にならなければ、彼は今も東京で高利貸しをしていただろう。きっと、一生、死ぬまで、ひとりで。薊秋彦という人間だけを武器にして。
秋彦のことを、羨ましいと思わない、といえば嘘になる。
瓜生静は、今更どう足掻いたところで彼のようにはなれないのだから。
「……まあいい。美鈴に直接会う前に、これ確認しろ」
と、秋彦が白い封筒を差し出した。
「なんです、これ……」
「外で見ろ。──もうすぐ令が起きてくる」
「……ほな、俺は、これで」
秋彦も令のことを警戒しているのか。それはそれで意外だった。
雨ヶ埼家が管理している駐車場まで戻り、運転席で口を開けて眠っている若衆を小突いて起こす。
「本部」
「はい!」
「事務所やないど。本部や」
「はい! 東條組本部へ!」
「よし」
アクセルを踏み込むイガグリ頭の形の良い後頭部をちらりと見、封筒の中身を取り出した。封はされていなかった。
白い紙に、手書きで図が描かれていた。『しおまねき』の店内図だ。
一階にはやり手婆が客引きをする席と、その日出勤している女が顔見せをする席がある。その奥には同じように出勤しているもののまだ出番が来ていない女たちが待機する部屋や、小さな台所などがあり、新地で行われているのは売春ではなくあくまで店──料亭に勤務する女と、その女に恋をした客の自由恋愛、という無理な理屈を強調するような造りになっていた。女たちは10分前後で顔見せの席を交代する。そうだ、交代するのだ。『しおまねき』には通常、三人から四人の女性が出勤している。四分の一の確率で、鉱山会の男たちはどうやって美鈴と部屋に上がったのか──
(まだある)
二枚目の紙の存在に気付く。こちらには二階、自由恋愛の現場となる部屋の間取りが描かれている。部屋がふたつあることに瓜生は今はじめて気付いた。階段を上ってすぐのところにトイレ、そして、左右にまったく同じ間取りの六畳の部屋。左側の部屋に赤ペンで『あゆみ』と記されていた。
左側の部屋で二年前、殺人事件が起きたのだ。
死んだあゆみの幽霊は、左側の部屋だけに出るのだろうか。左側の部屋はかなりの金をかけて改装したと聞く。谷家が上がったのも左側の部屋だったのか?
分からないことだらけだ、と思いつつ間取りの下に視線を向けると、
「こ、細かっ……」
秋彦の几帳面な筆跡で、この一週間に鉱山会の若衆がどの女とどの部屋に上がったかが事細かに記されていた。信じられない。わざわざ調べたのか。四分の一がどうのと想像する必要すらなかった。
美鈴は、左右両方の部屋を使っている。彼女以外にも頻繁に出勤している
死んだ七人の名前はさすがに思い出せるが、それ以外の入院中の若衆の名前をすぐに全部頭に浮かべるのは無理だ。本部に到着したら鉱山会の野村を呼び付けて確認しなくてはいけない。そういえば、入院中の鉱山会会長は死んだのだろうか。
本部ビルに到着する。イガグリ頭にクルマを任せ、会議室に顔を出す。黒松がいた。
「黒松さん、昨日は──」
「瓜生、厄介なことになったど」
入院中だった鉱山会会長を含む鉱山会所属の十二人が、一気に死んだ。
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