第6話 瓜生

 遺体の確認は鉱山会の野村に一任した。会長が亡くなった以上、現在の鉱山会を取り仕切ることができるのは彼しかいないからだ。それに、鉱山会の構成員で自由に動ける者も今はほとんどいなかった。自由に動き、自分の頭で判断できる者は、ほぼ、ゼロだ。。気付いていたのは、黒松ぐらいだろう。鉱山会は、東條組を構成する幾つもの集団の中でも比較的強い力を持つ組織だ。瓜生が率いる許勢組より人数も多いし、集団としても大きな力を持っている。だから。ここまで見事に人死にが出るとは予想していなかったが、充分な結果だ。新地で起こっている異変を確認するついでに、敵対している──とまではいかないが、。我ながら良くやった、と瓜生は浮かれた気分で東條組本部の会議室の座り心地の良いソファに腰を下ろす。

「十二人」

「死にすぎや」

 雁首揃えた幹部連中が口々に呻く。死にすぎ。七人の時点でとっくに死にすぎだった。今更何を言っているのか、この連中は。

 東條組を支える幹部──それぞれがそれぞれの組を率いている組長でもある──の中では瓜生がいちばんの若手だ。その次が野村(死んだ鉱山会会長は70代だったが、野村本人は会長よりも若い)、続いて黒松。青褪めているのは、若手である瓜生や黒松よりもよほど年を重ねた男たちである。みっともない。いつまでもこんな連中に権力を持たせているから、関東に勝つことができないのだ。戦前からの因縁がある関東玄國会を叩き潰すために、東條組は今も牙を研いでいる、そのはずなのに。


 まあ、今は玄國会のことは忘れるとする。その玄國会に所属している山田徹にも力を借りている状態だ。


 それよりも、新地の『しおまねき』で倒れて死んだ男たちについて情報を共有しなければならない。


「先に死んだ七人の話から始めてええか」

 黒松が口を開く。彼のすぐ隣の席で煙草に火を点ける瓜生は「ええんやないですか」と促す。山田から聞いた話と同じ内容が今この場にいる幹部たちに共有される。それだけのことだ。

 鉱山会若衆の遺体の、おもに粘膜部分が溶けたり爛れたりしていたという黒松の証言に、年嵩の男たちは皆眉を顰める。信じ難い、とでも言いたいのだろう。自分の目で見たもの、耳で聞いたことしか信じない。極道として正解ではある、が。

「ほなら、これも一緒にどうぞ」

 言って、手元の鞄から取り出したタブレットを円卓の中央に滑らせた。動画は既に再生されている。

 『しおまねき』で撮影された、盗撮動画だ。

「なんやこれ」

「気色悪い、瓜生、どういうつもりや!」

「どもこもありませんて。そもそもはこれが発端なんやから」

 その場にいる全員が、桃色の袖に浮かぶ『顔』を見た。

 見せた。

 共有する必要が、あった。

「新地にカメラ持って入ったボケナスが撮影して動画配信サイトに放流した映像ですわ。なんて言うたかな、変な名前の……」

。本名千蔵ちぐら未樹みき

 黒松が横から口を挟む。そうそう、と瓜生は頷いて、

「この気色悪い映像で一躍時の人になったミッキーちゃんは、ご自宅のお風呂場でこないなって死にました」

 と今度は紙に印刷された写真をまるでトランプのようにテーブルの上にばら撒いた。反射的に紙切れを受け取った男たちが、一様に顔を引き攣らせるのが愉快だった。

 これは山田徹がの何某という人間に話を通して手に入れた、千蔵未樹の死亡現場の写真だ。目にするだけで不快な匂いが漂ってきそうな凄まじい死に様。

「ふ、風呂場で……? 溺死した上に茹でられたんか?」

 60代半ばの幹部が、絞り出すような声で尋ねた。さすがに誰も嘔吐はしない。意地とプライド。盗撮動画と変死体写真のコンボを受けて逃げ出すようでは、反社会的組織の幹部は務まらない。

「俺もそうおもとったんですけどね。どうも、ちゃうような」

「鉱山会の若衆と同じ死に方をした可能性もあるんとちゃうか」

 黒松より少し年上、50代後半のスキンヘッドの幹部が唸り声を上げる。良い予想だ。

「可能性はありますね」

「この写真、黒松の……?」

 問いを受けた黒松が、ゆるりと首を横に振る。

「いえ。そっちはですわ」

「警視庁? ……おい、瓜生?」

「今はそういうの、どうでもええんとちゃいます?」

「ええことあるか。おい、おまえ、関東あっちと──」

 繋がっている。瓜生静は、関東玄國会にパイプを持っている。

 だがそんなこと、今更。

 瓜生は薄く笑い、

「黒松さん。櫛崎警部補おっちゃんからはなんも預かってないんですか」

「あ? ああ……せやけど、今……」

「えやないですか。気色悪いものは一気に消化した方がこの後動きやすいでしょ」

 楽しくなってきた。とても。

 額に落ちる黒髪をかき上げながら微笑む瓜生に、黒松は小さく嘆息し、

「うちの……府警の櫛崎警部補──情報提供者からはこれを。……ほんまに気色悪いんで気ぃ付けてくださいよ」

 茶封筒をテーブルの上にそっと置いた男の咎めるような視線を、瓜生は嫣然と笑って受け流した。


 鉱山会の七人の遺体の写真を目にした幹部数人が逃げるように会議室を飛び出したのは、それから1分後のことだった。

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