第3話 瓜生
「本丸?」
誰よりも早く反応したのは間宮だった。
「ここが? ……いや、あのお屋敷ではないと思ってましたけど、ここなんですか? 本当に?」
「情報屋冬さんを信じてほしいな。これでも結構時間かけて発見したんよ」
人懐っこく笑う冬が、「なあ!」とブルーのワンピースの女に声をかけた。
「あんたからもなんか言うてえな! 四宮さん!」
その場の空気の色が変わる。ビートルの後部座席に仰向けに倒れていた山田徹さえ、顔を引き攣らせるのが分かった。
ブルーのワンピース姿の女──
「ええ、ええ、四宮ですよ……なんでいきなり言っちゃうんですか、冬さん」
「うちがちゃんと仕事してへんみたいな空気になるの嫌やもん。言うたらこん中の誰もあんたに辿り着けへんかってんから、四宮を連れてきたうちがいちばん仕事したって証拠になるやろ? ほら、こっち見ぃ男ども! これが四宮さんや! お祓いできるお嬢さんや!!」
どういう理屈だ、と思ったが、半分は正解だ。瓜生も、黒松も、山田も、それに間宮も。四宮の影すら踏むことができなかった。
今目の前にいる女が本当に四宮──巫女なのだとしたら。事情を聞くことはできる。いったい何が起きていたのか。起きているのか。
「四宮
「
以前雨ヶ埼邸で聞いた名前とは違う。また、あの時見せられた写真の女とも顔が違う。雨ヶ埼邸に同席していた山田に確認を取りたかったが、どうやら縫ったはずの傷が開いたらしい。使い物にならない。ご当地キャラTシャツの脇腹を右手で押さえたまま目を閉じている。自分の記憶だけを頼りにするというのはあまり良いやり方とは言えなかったが、それでも、
「聞いた名前と
「
ビニール傘をくるくると回しながらビートルの後ろを回り込み、苑がこちらに近付いてくる。黒松が反射的に間宮を背に回すのが見て取れる。善人め。偽善者め。どっちでもいい。黒松と同じようには、少なくとも瓜生は動けない。だから、探偵を黒松に預けたのは正解だったのだ、と頭の隅で思った。
「李姉さんは雨ヶ埼家と業務提携を結んでいました。それは間違いありません」
「ほんなら」
「ですが雨ヶ埼に裏切られました。李姉さんはもう雨ヶ埼には関わり合いになりたくないそうです」
歌うように、詠うように、苑は言う。冬は口を挟まない。
間宮が何かを言いたげに黒松の袖を引いているが、「少し黙れ」とでもいうように首を横に振られ、眉を下げている。
「雨ヶ埼はそのものが禁足地。他者が足を踏み入れてはならない男の園。女は金の卵を産むニワトリ。ですが我々四宮は、
「……
耐えかねた様子で間宮が声を張り上げた。
「苦界、苦界と
「探偵さん」
苑が、傘を降ろした。
途端に大粒の雨が彼女を濡らし、黒髪がべったりと白い顔に貼り付く。
恨みだ。と思った。
恨みの顔だ。四宮は、雨ヶ埼に対して──
「我々は弔いを申し出た。苦界で死んだ女たちの弔いを。彼女たちがせめて、雨ヶ埼が語る偽りではない、本物の『極楽』に行けるようにと……」
「2年前、殺されたあゆみの葬儀と部屋の祓いを行ったんは四宮やと聞いた」
間宮の腕を掴んだまま黒松が呟く。ずぶ濡れの苑が首を縦に振る。
「2年前──もっと前から、四宮は雨ヶ埼に関わっていました。ああいう仕事を行っている彼らは、他者から恨まれることも多い。呪いをかけられることも。それらすべてから守ってやる代わりに、せめて死んだ女の魂だけは四宮に預けるようにと説得を続けてきた。そうして彼らは頷いた、はずだった」
私たちは。
四宮苑は言う。
「裏切られた」
ビニール傘を捨てた巫女の指が、真っ直ぐにビートルとボルボに挟まれた地面を指し示す。
「ここが、雨ヶ埼の女たちの、最終処分場」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます