第4話 瓜生

 四宮苑は続けた。

「どれほど以前の話だか──東京から薊秋彦という男がやって来ましたね。彼は雨ヶ埼家の烏子からすこという女に頼まれて、薊という姓を捨て、雨ヶ埼の男になった。雨ヶ埼が序列を守る一族であれば、薊秋彦のやり方ですべてはうまくいったのでしょう。でも、雨ヶ埼には常人の理屈は通用しない。薊秋彦が雨ヶ埼の改革を試みれば試みるほど、雨ヶ埼は全力で抗った」


 


 禍々しい響きだった。

 冬とヅゥは顔色ひとつ変えない。既に知っているのだろう。

 黒松が間宮の腕を引き、苑が指差す場所を踏まぬようゆっくりと後退りをしている。間宮も彼に引きずられるがままに移動する。


 最終処分場?

 ──つまり?


「薊秋彦が行ったこと。雨ヶ埼烏子の弟の令を取り戻す。烏子の父は長男で、本来ならば雨ヶ埼を継承すべき人間だったが、あまりにも善良だった。雨ヶ埼には相応しくない人材だった。だから殺された。烏子の母親は『外』から来た人間で──ふたりは恋愛結婚で──烏子の父、自身の夫を信じていた。信じて嫁入りした。だが裏切られた。夫、という庇護者を失った彼女は雨ヶ埼の男たちの慰み者となり、。令を産み落としたあと、棲家であった雨ヶ埼邸の中にある座敷牢で首を括って死んだ」

 ひでえ、と山田が呟く。ひどすぎる、なんだよ、それ。

「雨ヶ埼令の父親は雨ヶ埼宗治そうじ

「宗治」

 聞き覚えのある名前だ。死んだ男の名前だ。

「令の叔父……やなかったか」

 瓜生の呟きに、苑が首を縦に振る。

「そう。死んだ夫の弟に凌辱されて子を孕んだ、女の気持ちがおまえたちに分かるか?」

 分からない。分かるわけがない。

 冬と紫は無表情。間宮に視線を向けたが、彼女は彼女で何か違うことを考えているようだった。

「父も母もいない令は雨ヶ埼宗治とその家族の囲われ者となった。烏子は、その弟を、令を取り戻してくれと薊秋彦に頼んだ。そして秋彦は烏子の願いを叶えた。三人の蜜月は僅か半年。烏子は死ぬ。心身を削って金を稼ぎ続けた烏子にはもう、時間が残されていなかった。寿命だった。葬儀は四宮わたしたちが行った」

 令の言葉を思い出す。


(──俺のお姉ちゃんのお葬式も四宮の人がやってくれた。変な葬式やったけどな──)


四宮わたしたちには神がいない。だから奇妙に映るのだと思う。だが、四宮は烏子を丁重に弔った。薊秋彦も了承の上で。……でも、そこからだ。そこからすべてが狂い始めた」

「秋彦さんですね」

 間宮が声を上げる。

「秋彦さんが、亡くなった烏子さんだけでなく、他の女の人のことも助けようとしたから」

「そう」

 苑が平たい響きで応じた。

「薊秋彦は長い年月をかけて、雨ヶ埼の女たちの解放を試みた。不本意に体を売る女を、雨ヶ埼の手によって苦界に沈められた女を、皆を幸せにしようとした。烏子の幸せがあまりに短かったから。まるで弔いのように、償いのように、大勢の女たちの人生に関わった」

 間違いだった。

 言い切る苑の瞳は真っ直ぐに、最終処分場を見据えている。


 ──そこには何が埋まっているんだ。


「四宮さん」

 間宮を掴む手を離さぬまま、黒松がスマートフォンを取り出した。

「今から警察を呼ぶ。ええよな」

「良い案だと思う」

 苑は顔を上げない。

「警察にしかできないことがある。しかしあなたはヤクザなのに、警察と繋がりが?」

「ある。信用せえ、俺の櫛崎おっちゃんは裏切らん」

「……土を掘り返すことができる道具を持ってきてもらうと良い」

 間宮が鋭く息を呑むのが分かる。もっとも、瓜生自分も似たような反応を示してしまったが。


「ここには」


 苑が続けた。



 聞きたくなかった。

 たとえ真実だとしても、知りたくなかった。

 禁足地。

 ここが、雨ヶ埼の。


「薊秋彦は新地や、それ以外の場所で死んだ女たちを丁重に弔った。雨ヶ埼邸に『女』と書かれた石碑があるのを見たか? あれも薊秋彦が率先して行ったことだ。薊秋彦は雨ヶ埼の本邸にあの石碑を置くことで、妻と、妻以外のすべての無念を晴らそうとした。無念を晴らす意志があることを示そうとした」

「うまくいかんかった、理由はなんや」

 尋ねたのは短い通話を終えた黒松だ。彼は瓜生よりもよほど現実を見ていた。四宮を見ていた。死んだ女たちの無念を見ていた。

雨ヶ埼あまがさきれい

 吐き捨てるように苑は言った。

。アレに裏切られた、四宮我々も、薊秋彦も!」

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