第6話 瓜生

 駆け付けたのは黒松と昵懇の仲である櫛崎くしざき警部補と彼が率いる無数のパトカー、それに救急車だった。この場所で揉めてしまった自分たちはいったいどういう罪に問われるのだろうかと考えながら、結局人間をひとりも殴らずに済んだ瓜生は、目の前で警察官たちに押さえ込まれる雨ヶ埼の男たちの姿をただただ茫然と見詰める。

「黒松、生きとるか!」

櫛崎おっちゃん、早かったな。助かったわ」

「俺らも探しとったんや」

「何を? 俺を?」

「せやない。……ここを」

 と、眉根をきつく寄せた櫛崎は顎で地面を示す。

「女衒の雨ヶ埼が死んだ女の遺体を不法投棄しとるってタレコミはずいぶん前からあったんや。せやけど場所の特定が難しくてな。その上雨ヶ埼は、女の葬儀をとかいう妙な集団に依頼しとるって話で……四宮っちゅうんが個人なのか集団なのか、それとも宗教団体なのか、その辺りも情報もまったく入ってこんせいで、今日まで雲を掴むような状態やったんや」

「……今日まで? 俺の通報以外にも今日何かがあったんか?」

 首を傾げる黒松に、櫛崎は首肯する。


 いつの間にか、鉄砲雨は止んでいた。


 停車したパトカーから、ふたつの人影が降りてくる。あ、と返り血で汚れた顔を手の甲で拭いながら、山田が声を上げた。

「秋彦さんじゃねえか? あれ」

「ああ、それに……」

 雨ヶ埼──秋彦。山田を刺した『しおまねき』のやり手婆とともに警察に行ったはずの男。

 それからもうひとり。美鈴みすず。新地の『しおまねき』で働いている女。

 今にも泣き出しそうな顔をした美鈴は秋彦に縋るようにしてパトカーを降り、辺りを見回して──

「令さん! やっぱり令さんやったんですね……!」

「ああ……?」

 焦点の合わない瞳で辺りを見回す雨ヶ埼令はただひとり無傷だったが、連れてきた雨ヶ埼の男たちのうち何名かが命を落とし、何名かは重傷を負い、そして息のあるほとんど全員が警察に取り押さえられているという現実を受け入れられていないようだった。

「なんや、おまえか、クソオンナが……」

「ここ、に、おるんですか。あゆみちゃん。ねえ、そうなんですよね。あゆみちゃん、令さん、返して! 嘘ばっか言うて、騙して、せやけどもう無理です! 返して! !!」

 履いているパンプスが、剥き出しの膝が、華やかな柄のワンピースが汚れるのを気にする様子もなく美鈴は令に駆け寄り、その胸ぐらを掴んで喚いた。しばらくの間美鈴に揺さぶられていた令が、不意に我に返った様子で両目を瞬く。そうして。

「やかましいねん、クソオンナ。ああそうや。あゆみやったらあの泥ん中におるで、探したいなら行って来い!」

 振り上げたのは美しい装飾が施された狩猟用ナイフで、彼がそんなものをどこに隠していたのか誰にも分からなかった。ただ、切っ先が美鈴の首筋に吸い込まれるのを止めることができる者はおらず──


「あ……?」


 ──いや。

 ひとりだけ、存在していた。


 美鈴の後を追うように駆けてきた薊秋彦が、目の前の華奢な体を突き飛ばした。


 狩猟用ナイフの切っ先が、老いた男の首に深々と突き刺さった。

 初めからそう定められていたかのように、真っ直ぐに、吸い込まれた。


 誰も声を上げなかった。命を救われた美鈴すらも、秋彦の体から噴き出す大量の血液を茫然と眺めていた。


 血が、泥と溶け合って、流れていく。

 窪みに、深くに、ぬかるんだ土に染み込んでいく。


 ビートルから飛び降りた間宮が秋彦の姿を見て絶句する。冬が大きく顔を顰め、ヅゥがその肩を優しく抱く。苑は何かを言いたげに大きく口を開き、そのまま俯いて沈黙した。


「シュウさん……」


 令の声だけが、小さく、虚しく、転がった。

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