2章 小雨
第1話 瓜生
遺体の発見から1日も経たないうちに、新聞、インターネットを含む各メディアのトップニュースに『有名配信者、不審死』の文字が踊った。どうやら例の配信者は六畳一間のアパートからオートロック付きマンションに引っ越して以降ほとんど外出しておらず、また自宅から不定期に行われる生配信でも不審な挙動や顔色の悪さが指摘されており、「呪われているのではないか」とネット上では話題になっていたらしい。
──という話を、瓜生静は、雨ヶ埼令に教えてもらった。
「詳しいな」
「ゴシップ見るの好きやねん」
「人が死ぬ話でも?」
「他人やろ? 関係あれへん。いっぱい死んだ方がおもろいわ」
ヤクザの瓜生に言われたくないだろうが、雨ヶ埼令もなかなかに倫理観が死んでいる。それについて説教をする気はまったくなかったが、
「ほんまに腐っとったんか?」
「おうよ、ドロドロ」
本日の雨ヶ埼邸客室には瓜生の他にもうひとり、客人の姿があった。
瓜生の依頼を受けて東京在住の例の配信者の自宅を訪ねた、関東玄國会幹部・
瓜生の隣に足を崩して座った山田は咥えた煙草に火を点けながら、
「夢に出るかと思った」
「夢とか見るんか、おまえでも」
「見るよ、俺のことなんだと思ってるんだよ」
軽口を交わす東西ヤクザの姿を、まだ新しいMacBookを広げた令が目をキラキラさせながら見詰めている。
「なあ、東條と玄國会って仲悪いんと
「カネ」
形の良い眉を下げて山田が即答する。
「うりゅ〜さんはこう見えて東條の金庫番だからな。大金も指先一本でちょちょいっと動かせるってわけ」
「そんだけ? なんやつまらん、組織は敵対しとるけどほんまは親友とかそういう展開期待しとったのに」
「
口の端をひん曲げて笑う山田に、令は心底がっかりした様子でくちびるを尖らせる。
山田の言葉は半分は本当で、半分は嘘だ。確かに瓜生静は山田徹に金を渡して動画配信者の自宅を確認させた。だが、山田はカネだけで動くような男ではない。頑ななのだ。常人には理解できない方向に拘りも持っている。そして、瓜生と山田は一朝一夕の仲ではない。頼み事の後押しとしてカネを渡す、そのカネも山田にしてみれば大した額ではない、それでも動いてもらえる。そういった繋がりがふたりのあいだにはある。勇気、友情、愛とはまるで異なる繋がりだが。
令の言葉通り、東條組と関東玄國会は敵対している。組織には、瓜生と山田が互いの利のために繋がっているということは絶対に明かすことはできない。
ふたりは親友ではない。
「おいヤクザ、うちを勝手に会議室に──」
廊下の方からドタドタと大きな足音。次いで、秋彦が大声を上げながら勢い良く襖を開いた。シュウさんおかえり、と令がにっこりと微笑む。
だが、秋彦の目は令ではなく山田を見ていた。
「……山田徹?」
「鬼薊、薊秋彦さん。ご無沙汰しております」
畳に手を付いて深々と頭を下げる山田を、令がまたきょとんとした様子で見詰めている。
「秋彦さんが東京にいらっしゃった頃には、大変お世話になりまして」
「やめろ、昔の話だ」
「シュウさんのこと、みんな知ってるんやなぁ。すごいなぁ。向こうで何やっとったん?」
「高利貸しだっつっただろ。やめろやめろ、山田、頭を上げろ、面倒だ」
「ですが」
「おい瓜生、なんで山田を呼び寄せた? これは玄國会の人間だろう? 巻き込んだら面倒なことになるんじゃねえのか?」
「新地の件、個人的にちぃと気になる点がありまして……
「新地の件?」
「これこれー! あの配信者死んだらしいで、シュウさん!!」
令にMacBookの画面を突き付けられ、秋彦はぽかんと口を開いた。
「死んだ……!?」
「死体見たんやって、山田さん!」
ウキウキとした様子で言葉を重ねる令をMacBookごと座布団の上に乗せ、本当に、と秋彦は山田の目を見据えながら尋ねた。
「死んだのか?」
「令ちゃんが持ってるパソコンの画面見ればすぐ分かりますよ。変死体で発見されました。第一発見者は一応俺ですが、あんまり巻き込まれたくなかったんで同行した不動産屋の社員に全部任せて
「……」
薄いくちびるをぎゅっと引き結んだ秋彦は、「見せろ」と令の膝の上のMacBookを覗き込む。そこには無数のメディアによって面白おかしく書き立てられた、ひとりの配信者の変死についての情報が悪趣味なネオンのように光を放っていた。
「死体を見た?」
「ええまあ」
「変死ってことは……」
「秋彦さんには伝えても問題なさそうなので申し上げますが、風呂場で、ぐっちゃぐちゃに腐ってました」
キャーッと令が楽しげな声を上げる。まったくもってどうかしている。秋彦はといえばそんな令の頭を軽く叩き、
「……くたばったか」
既に予想していたかのような呟きだった。
瓜生と山田は一瞬視線を交わし、
「心当たりが?」
尋ねる瓜生に、秋彦は右側の眉を器用に跳ね上げる。
「ああな。俺だってぼんやりしてたわけじゃない、あの店の……『しおまねき』の婆に詳しく話を聞いてきたんだ。例の、お祓いってやつのな」
「『しおまねき』って前は『ごくらく』って名前やなかったっけ? ええ名前に変えたんやねえ」
令の少年のような声音が、不思議なリズムで部屋の空気を揺らした。
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