第4話 山田
私立探偵
「こちら、参考資料でございます」
「おお……」
雨ヶ埼が『禁足地』だと間宮は言うが、山田にはどうにもピンと来ない。
そもそも『禁足地』という表現にごくごく最近触れた身としては、先ほど間宮が語った「土地の人間以外は入ってはいけないお社」や「祭りの時期以外には開けてならない箱」と「金銭を偏愛する雨ヶ埼という一族」が同じ線で繋がるというのも奇妙に感じる。
わざわざ印刷して持ってきたらしい資料には、雨ヶ埼家のこれまでの悪行が事細かに記されていた。彼らは確かに金を崇拝する一族で、金以外に最優先されるべき事柄はほとんどなく、金のために生まれてきた娘を平気で売り飛ばす。雨ヶ埼の娘たちの奉公先が新地の『しおまねき』──薊秋彦が介入してくるまでは『ごくらく』と呼ばれていた店で、この辺りまでは山田も把握している情報だ。
「この『ごくらく』って店名」
冷め始めたコーヒーにようやく口を付けながら、間宮が言う。
「変わったのは2年前。2年前には殺人事件が起きている」
「そうだな、そう聞いてる。縁起が悪いからってお祓いをして、店の名前も変えたって……」
「お祓い。お祓いね。
「間宮、おまえさん相変わらず話が早いな。そこまで情報を渡したつもりはないが」
「四宮とは」
と、紙巻きに火を点けながら、間宮は淡々とした口調で続けた。
「ちと因縁が」
「因縁?」
「以前関わった事件に四宮の女が関与していまして」
「どういった形で?」
「死んだ人間を蘇らせる、という形で」
「……」
返す言葉を一瞬見失う。自身が招いた女探偵の弁でなければ「くだらないことを言うな」と一蹴していただろう。
だが、黒縁眼鏡の奥の間宮の瞳は至って真剣だ。
「死んだ人間を……どうやって?」
「仕組みまでは知りません。ただ、四宮にはそれだけの能力がある」
「能力」
超能力的な、と呟いた山田に、間宮はようやく静かな笑みを見せる。
「超能力。いいですね。シンプル。でもたぶん、四宮の能力はもうちょっと複雑」
「つまり?」
「こちらの資料を」
雨ヶ埼家の悪行について書かれた資料と交換に、別の紙の束を手渡される。ざっと目を通した限り、こちらもまた知っている話だ。四宮という集団の成り立ち。関東で発生したという女の集団。
「こっちはもう聞いた話だ。もともとは売春宿だった場所に予知能力のある女が流れてきて、それから、そういう人間──それも女が多く集うようになったっていう」
「聞いた話? ……誰から?」
「
「令」
細い顎に手を当てて一瞬沈黙した間宮は、
「
「詳しいな〜。間宮、秋彦さんのこと知ってるのか」
「いえ、山田さんたちほど詳しくは。高利貸しとはお近付きになる機会もなかったので。とはいえ、そちら側では有名な方ですよね。それこそ、伝説の殺し屋さんと同じぐらい」
どこか皮肉っぽい物言いに、山田は無言で肩を竦める。東と西──関東玄國会と大阪の東條組はそれぞれ『伝説』と称される
しかし、薊秋彦が人殺しで名を上げた彼らと同じレベルの伝説を持っているかといえば、正直悩ましい部分もある。彼はあくまで金貸しだ。ただ、どこの組織にも属さず、
「薊秋彦は客だったデリヘル嬢に乞われて雨ヶ埼家に婿入りしたんですよね」
「ああ」
「そしてそのデリヘル嬢──雨ヶ埼烏子は既に亡くなっている」
「秋彦さんが婿入りして比較的すぐ死んだと聞いたが」
「その後、薊秋彦改め雨ヶ埼秋彦は、雨ヶ埼家の家長としてイエを取り仕切るようになった」
「まあそうだが……烏子さんが長女で、その烏子さんの婿という形で雨ヶ埼に入ったから序列としては間違いないが、実際あまりうまくはいってない印象だけどな。秋彦さんが
紫煙で丸い輪っかを作りながら、間宮は天井を見上げた格好のまま暫し沈黙した。
意味のある沈黙だろう。たぶん。山田も自身の煙草に火を点け、間宮の無表情を黙って眺めて待った。
「……雨ヶ埼家の令という人物が、四宮の話をしていた」
「ああしてた。だがどうも矛盾が多くてな。四宮と業務提携してると言ったかと思えば、新地で人死にが出てるのは四宮のせいじゃないかって言ったり……」
「いやそもそも」
大きく息を吐き、間宮が言った。
「2年前の殺人事件、お祓いしたの本当に四宮なんですか? そこからですよ山田さん」
検証しなくては、と重ねる私立探偵の目の前で、山田は露骨に嫌な顔をしてしまった。
検証とか、捜査とか、本当に面倒臭い。殴って解決する以外の方法を選びたくない。
だが、相棒として私立探偵を呼び付けてしまったのは山田徹本人なのだ。間宮の助言を無碍にするというのはあまりにも意味不明すぎる。それこそ行動に矛盾が出てくる、筋が通らない。
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