第5話 山田

 見て回りたい場所があるという間宮に同行を申し出たところ「バカ目立ちするから勘弁してください」と断られたので、適当な時間に間宮の宿泊先(宿代は山田持ちである、大阪滞在の費用をすべて瓜生に持ってもらっている状態なのがここで相殺された)で合流するという約束をして解散した。

 雨ヶ埼邸に向かうことにした。

 瓜生からは今日は特に何の連絡もない。連絡がないということは、事態は進展していないのだろう。黒松も同様だ。ならば、足を向けるべき先は雨ヶ埼邸しかない。


 今まで通りに正面玄関から中に入ろうとしたところ、何やら白い粒状のものをぶつけられた。塩だ。

 何事かと眉を顰めて顔を上げると、視線の先には雨ヶ埼令が立っていた。

「令」

トールさん、嫌やわぁ」

 左手に持った黒い塗り物の中から塩を掴み出しながら、令は冷たく笑った。

オンナの匂いがする」

「ああ……?」

 疑問を呈する間もなくもう一発塩をぶつけられ、反射的に後退りをする。開け放たれた玄関から庭へ。じりじりと逃げの姿勢に入る山田を、藍色の着流し姿の令が裸足で追ってくる。


 意外と背が高いのだな、と思った。


 目線の位置がそう変わらない。秋彦よりもだいぶ長身だろう。痩せているから気付かなかった。

「雨ヶ埼はオンナを売るイエ。せやのに徹さんはうちの売り物やない誰かの匂いをプンプンさせとる」

「待て待て令、そこそんな怒るところか?」

「怒ってへんよ、別に。せやけどルール違反する人はうちん家には入れられへん、そんだけ」

 塩を掴んで振りかぶる令に背中を向け、つんのめるようにして雨ヶ埼の敷地から飛び出した。周りを良く見ていなかったせいで走ってきたクルマにはねられそうになり、久しぶりに嫌な汗をかいた。ここは敵地だ。交通事故に遭って病院に運び込まれでもしたらその瞬間に詰む。

 だから間宮を呼んだのに。


(間宮)


 彼女は無事か。不意にひどく不安になった。

 令のあの態度も気になるが、間宮。関東から呼び寄せた女。見て回りたい場所とはどこだ。きちんと聞いておけば良かった。

 ふところからスマートフォンを取り出す。着信一件。瓜生だ。

「瓜生?」

『山田おまえどこほっつき歩いとんねん』

「俺を……心配して……?」

『ええ年の関東モンをいちいち心配するほど暇ちゃうねん。新情報が入った。こっち来れるか?』

「こっちって」

 どこ。尋ねようとした瞬間、クルマが、突っ込んできた。

 息を呑む。先ほど避けたのと同じ車種だ。その上。


 運転席に人が乗っていない。


 雨ヶ埼邸の前の道はどちらかというと歩行者専用で、自動車がスピードを出して行き交うことなどない──はずなのに。

 クルマが雨ヶ埼邸の灰色の壁にクルマが衝突する凄まじい音がした。

 逃げるように、大通りに向かって駆け出した。

 スマートフォンの向こう側で、瓜生が何やら喚いている、声が聞こえる。

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