第3話 瓜生
大阪に戻る。雨ヶ埼邸に顔を出すと、秋彦と令がいた。山田の姿はなかった。
「どないです、何か進展は」
「ヤクザが死んだらしいじゃねえか」
令にベタベタと纏わり付かれながら、秋彦が言った。死んだ? と令が宝石のような瞳を瞬かせる。
「誰が? どこで? どんな風に?」
「はしゃぐなはしゃぐな。俺だってまだ死んだってことしか知らないから、この──」
と秋彦は顎で瓜生を示し、
「若頭さんにお尋ねしてるんだよ」
「瓜生さん、誰がどこでどうやって死んだん!?」
「嬉しそうやなぁ……」
どこか薄ら寒いものを感じて呟きつつも、令の気持ちは分からぬでもない。今生きている彼の人生の、半分以上は雨ヶ埼でできている。雨ヶ埼に塗り潰されている、と言っても嘘ではないかもしれない。本来ならば令の実父が雨ヶ埼家の家長になるはずだったのだが、実父は早くに事故で死んだ。母親はその後自ら命を絶った。令と血の繋がりがあるのは死んだ実父ではなく、別の男だと聞いている。自死を選んだ母親にとって、令は望まぬ子どもだったのだろう。後日令の後見人となった叔父は彼が誰とも婚姻関係を結ぶことがないようにと両手の薬指を切り落とした。すべての出来事に、令の意志は関係ない。尊重されていない。そうやって生きてきたのだ。薊秋彦という異物が現れるまでは。
だから、人間の死を楽しむような少々趣味の悪い一面があっても、仕方がないような気はしている。
「秋彦さん。『しおまねき』に鉱山会の若衆を通わせてるて言うたでしょ」
「ああ」
「店に上がった瞬間ぶっ倒れたやつのうち七人が死にました。今日。一気に」
「ほう」
人馴れしきった猫のように膝に
「一気に、か」
「ええ」
「……人為的なものを感じる、と言ったらいくらなんでも考えすぎか?」
「奇遇ですね。俺も同じこと考えてましたわ」
応えを口にしながら、瓜生は
瓜生が冬に見せたのは、例の、いちばん初めの死者・動画配信者による新地の盗撮映像だ。映像そのものは既に動画配信サイトからは削除されている。だが、一度ネット上に乗せられたものを完全に消し去るのは正直な話不可能だ。大手SNSなどで軽く検索をかけるだけで、転載動画をいくらでも見ることができる。
「これが
瓜生のスマートフォンに入っているのは、動画配信者のスマートフォンに残っていた動画を直接転送した──たしかに本物である。こんな映像を持ち歩くのはあまり縁起が良くないという気持ちもあったが、幽霊に怯えているようではこの件を解決することは絶対にできない。だから最近の瓜生は、スマートフォンを本当に通話機器としてしか使っていない。どうしたって多少は恐怖を感じてしまうのだから、目を逸らすぐらいしか打つ手がないのだ。
「やぁ、めっちゃきっしょいやん。なんやこれ」
スマホを掴んで速やかにひっくり返し、冬は呆れ声を上げた。瓜生は肩を竦めて、
「俺らにもなんも分からんのですよ。ただ、」
「2年前、しおまねきではたしかに殺人事件があった。殺された女の子は桃色の着物を着てた」
淡々とした口調で冬が
「山田さんを紹介する代わりにこの映像を解析せえって? いややわ瓜生、うちが呪われたらどう責任取ってくれるん。金か? 金で解決レベルのバケモンかこれは?」
「それはそれ……」
どれがどれなのか分からないまま、適当な口を利いている自覚はあった。呪われる? 冬が? この映像を解析することによって? そんなことが起こり得るのか? 呪いとはなんだ? しおまねきに上がった鉱山会の若衆が一斉に死んだ。それも呪いなのか? だが、映像とは何も関係がないはずだ。若衆どもが映像を見たかどうかを瓜生は知らない。見たのかもしれない。だが全員だろうか──……。
「オッケー、オッケー瓜生。引き受けた」
「え?」
ぐるぐると考え続ける瓜生の両頬を冷たい手のひらで包み、冬は爽やかに笑った。
「画像の解析と、巫女──四宮がこの件にどんな風に関わっとるか。今回の依頼はこの2点でええかな?」
「あ、ああ……いやでも、ほんまに……?」
「話持ち込んだんはそっちやろ、何キョドっとんねん。その動画、うちのスマホにも送って。エアドロで」
「あ、はい」
そのようなやり取りを経て、瓜生は神戸を離れ、今に至る。
「こっちでも調べがついたことがある」
令を座布団の上に座らせてやりながら、秋彦が言った。
「倒れた鉱山会の連中だが。全員、美鈴という女と部屋に上がっている」
谷家の相手をし──なかった女だ。
「2年前に死んだあゆみという女とはそれなりに良い仲だったらしい」
「ツレってことですか」
「ツレ? そこまでは俺には分からんがずいぶん親しげに名を呼んでいたから、ただの同僚よりは友人に近い関係だったんじゃねえか」
繋がるのか。繋げて良いのか。殺されたあゆみという女。部屋に上がった客が皆倒れる美鈴という女。呪い。呪いなのか。
「しのみや」
令の声だ。
「しのみやが、やらしとる、ってなんで思わんの?」
秋彦と瓜生は、思わず顔を見合わせた。
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