第2話 山田

 夜。黒松に会う。

「瓜生は?」

「いませんが」

「……ええんか、勝手にうて」

「黒松さん、瓜生アレのこと怖いんですか?」

「そんなことあれへん──と言いたいとこやけど、アレはあの年齢としで東條の若頭やからなぁ。いつか、正直予想もでけん」

 だから警戒は怠らない、というわけか。黒松、瓜生の東條組も、それに山田が所属する玄國会も、所詮は小さな組織が肩を寄せ合った結果出来上がっただけの巨大組織だ。千丈の堤も蟻の一穴より崩れるという。瓜生が黒松をるようなことがあれば、東條組は大きく変わる。敵対組織の過剰な変貌は、玄國会としてもあまり好ましくはない。黒松の警戒心は、山田、それに玄國会の役にも立っている。

「黒松さんの、あのあとなんか言ってました? 例の死体について」

「その話か……昨日の幹部会でも大盛り上がりやったで」

「へえ?」

 黒松の女の持ち物だというクラブでふたりは相対していた。他にも何人かの客がいて、バーカウンターの中ではいかにも婀娜っぽい、黒松好みの女が常連客らしい男や女と言葉を交わしている。誰も山田と黒松の会話になど気を払っていない、と思う。

「写真」

「死体の?」

「おう」

「もう現物見たんでいりません」

「おまえが見たんは最初の7人やろ。残りの12人の分や」

 手元の水割りをひと息に飲み干し、黒松が押し付けてくる茶封筒の中身を覗いた。数日前、黒松と、彼の情報提供者である櫛崎警部補おっちゃんとともに赴いた警察病院で見た遺体と良く似た死に様が紙に焼き付けられている。

 溜息を吐く。

「解剖したんですよね? これだけの変死体なんだから」

「それやねんけどな」

 と、何かを警戒するかのように声を顰めた黒松は、

「……死因、全員、

「は?」


 ──なんかに、殴られて。


 想定外の台詞だった。


 両目を大きく見開く山田に、せやんなぁ、と黒松は困ったように太い眉を寄せる。

「俺かて櫛崎おっちゃんから詳しい診断書だらなんやら受け取るまでは信じられんかったわ」

「殴られ……いやでも溶けてましたよね? 粘膜とか、目玉とか全部、あれウイルスとかそういうのの仕業じゃなかったんですか?」

「まあ待て山田。ややこい話や。いっこずつ、ゆっくり潰そうや」

 と、手元の水割りと舐めながら黒松が唸った。白いワイシャツに黒いベスト、スラックス姿の店員と思しき女性が現れて、山田の手元に冷たい烏龍茶を置いて去る。注文していないのに。

「酔うなや」

「じゃ黒松さんも飲むのやめてくださいよ」

「そらあかん。これはな。酔うた俺が酒の勢いでおまえに言うてもたって設定なんやから」

「はーあ……どうぞ」

 大きく咳払いをした黒松は酔っ払っているとは思えない手付きで煙草に火を点け、

「全員、首の後ろ側を硬いもんで殴られて昏倒しとる。殴り方が上手くて一発で気絶させられて、殴る以外の──殺害を含むなことをされたとしたら気絶したあとやろな、っていうんが櫛崎と警察病院の医者の見解や」

「なんかアレ」

「おまえ今自分で言うとったやろ、ウイルスとか」

「溶けてましたからね眼球とか」

「せや。目玉、舌、それに歯茎──くちびるは爛れて、他にも性器とかその辺りも日が経つにつれてぐちゃぐちゃになっとるらしい」

 俺は見とらんけどな、と黒松は小声で付け足し、紫煙を吐きながら一瞬黙る。

「溶解の理由は謎ってことですか」

「現時点では」

「なんでしたっけあの……ミッキー? 配信者」

「禁足地のミッキー、千蔵未樹な。あいつももしかしたら、死因は風呂で溺れたことやないかもしらん」

「殴って死なせてそれから風呂で茹でたとばかり──」

「可能性の話やで」

「可能性……」

 点と線を繋げたいのに、点ばかりが増えていく。烏龍茶を舐め、煙草に火を点けながら山田は東京に戻ることばかりを考える。こんな事件に首を突っ込むべきではなかった。この事件が終わらなければ、きっと自宅には帰れない。

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