第21話 青春の空(8)

 ――なんか、思ってたよりあっさり解決したな。


 智也はぼんやりとそう思った。

 あの後、気が付くと智也は引き裂かれた絵画の前に倒れていた。優子に介抱されて目覚めたが、特に怪我も異常もなかった。

 実体化した「空」の頭と胴体は消滅しており、残された絵画からも、あの少年の顔は消えていた……新たな怪談が生まれるだろう。


 優子曰く、なぜか智也だけは体ごと向こう側に連れ去られていたらしい。だが、なんにせよ元に戻ったということは、他の人間たちの魂も解放されたと見ていいだろう。


「――ねえ、優子さん。それって……。」

 智也は、優子が手に巻いている「武器」を見て問う。

「……あー、これね。この前のお守りと同じ。知り合いにもらったんだ。」

「これで、怪異の体を壊せるってことか。知り合いの人、すごいね……。」

「まあね。」

 優子ははにかむが、詳しい説明はそれ以上してくれない。


「――なんにせよこれで、一件落着……って言いたいんだけど。」

「どうしたの?」

「いや、同じ学校に三体も悪魔が現れて、しかも今回みたいに、人の魂とか体を支配までするなんて……もしかするとこれからは、ちゃんと戦う準備した方が良いかもしれないな、って。」

「戦う、って…………。」

「あ、別に智也君は気にしなくていいんだよ……大丈夫、私に任せて。」

「…………わかった。」


 きっと彼女は、智也には思いもよらないような、圧倒的な「力」で戦うことができるのだろう。ならば無力な凡人たちが、それに頼るべきなのは間違いなかった。


「……でも、なんか手助けが必要だったら、いつでも言ってね。……今回は、その……僕が助けてもらったから、その恩があるし。」

 智也は自分でも、「何を言ってるんだ」と思いながら、差し出がましいことを言ってしまう。

「わかった、ありがとう!頼りにしてるね。」

「……ん、うん。」

 その屈託のない笑顔に、智也は一瞬ドギマギする。

 ……だがすぐに、空しい感覚に襲われる。

 スリル、吊り橋効果、英雄気取り――自分は優子と超常現象を潜り抜けて、有能になった気に浸っているだけだろう。思い上がるな。


 ……彼女は、特別なのだ。我々はクズで――彼女だけが、ヒーローなのだから。


*******************************************


 次の日、智也は上条礼司に会った。……どうやら、向こう側で起きた事は覚えていないらしかった。智也は少し勿体ない気がした。

 ところで彼は、どういう訳かあの燃え尽き状態から回復を果たしていた。……ただ、どうにも前と様子が違う。今までのような熱血漢ではなく、なんというのか、ただ何事も粛々と機械的にこなしているような……。智也の「説教」が無意識に影響したのだろうか。


「今朝、何食べた?」

「ご飯。」

「俺はパン派―。」

「あー、パン派って多いらしいよな。」

「へー、そうなんだ。そう言えば、さっき数学の小テストがあってさ――」


 随分、機械的な会話だった……彼だけではなく、周りの友人たちも全員。。相手が話し終わるのを待ってから、また別の人物が話し始める。日本語もずいぶんきれいだった。まるで、国語の教科書を朗読しているかのように。話の内容もつまらないし、彼らが盛り上がるような要素が見当たらない。ただ単に、『普通に会話を楽しんでいる』様子を演出するかのように――


 廊下ですれ違う一瞬、礼司がこっちを見て笑った気がした。

 

 ……上条礼司でも、「空」でもない。


 でもどこかで見たことがある気がする、奇妙に下卑た笑顔――


 そういえばここ数日、ずいぶんおしとやかな生徒が増えた気がする。あの小島恵美が、大声で笑うことが一度もなくなった。


 ……何かが、おかしい。智也はそんな気がしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る