第21話 青春の空(8)
――なんか、思ってたよりあっさり解決したな。
智也はぼんやりとそう思った。
あの後、気が付くと智也は引き裂かれた絵画の前に倒れていた。優子に介抱されて目覚めたが、特に怪我も異常もなかった。
実体化した「空」の頭と胴体は消滅しており、残された絵画からも、あの少年の顔は消えていた……新たな怪談が生まれるだろう。
優子曰く、なぜか智也だけは体ごと向こう側に連れ去られていたらしい。だが、なんにせよ元に戻ったということは、他の人間たちの魂も解放されたと見ていいだろう。
「――ねえ、優子さん。それって……。」
智也は、優子が手に巻いている「武器」を見て問う。
「……あー、これね。この前のお守りと同じ。知り合いにもらったんだ。」
「これで、怪異の体を壊せるってことか。知り合いの人、すごいね……。」
「まあね。」
優子ははにかむが、詳しい説明はそれ以上してくれない。
「――なんにせよこれで、一件落着……って言いたいんだけど。」
「どうしたの?」
「いや、同じ学校に三体も悪魔が現れて、しかも今回みたいに、人の魂とか体を支配までするなんて……もしかするとこれからは、ちゃんと戦う準備した方が良いかもしれないな、って。」
「戦う、って…………。」
「あ、別に智也君は気にしなくていいんだよ……大丈夫、私に任せて。」
「…………わかった。」
きっと彼女は、智也には思いもよらないような、圧倒的な「力」で戦うことができるのだろう。ならば無力な凡人たちが、それに頼るべきなのは間違いなかった。
「……でも、なんか手助けが必要だったら、いつでも言ってね。……今回は、その……僕が助けてもらったから、その恩があるし。」
智也は自分でも、「何を言ってるんだ」と思いながら、差し出がましいことを言ってしまう。
「わかった、ありがとう!頼りにしてるね。」
「……ん、うん。」
その屈託のない笑顔に、智也は一瞬ドギマギする。
……だがすぐに、空しい感覚に襲われる。
スリル、吊り橋効果、英雄気取り――自分は優子と超常現象を潜り抜けて、有能になった気に浸っているだけだろう。思い上がるな。
……彼女は、特別なのだ。我々はクズで――彼女だけが、ヒーローなのだから。
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次の日、智也は上条礼司に会った。……どうやら、向こう側で起きた事は覚えていないらしかった。智也は少し勿体ない気がした。
ところで彼は、どういう訳かあの燃え尽き状態から回復を果たしていた。……ただ、どうにも前と様子が違う。今までのような熱血漢ではなく、なんというのか、ただ何事も粛々と機械的にこなしているような……。智也の「説教」が無意識に影響したのだろうか。
「今朝、何食べた?」
「ご飯。」
「俺はパン派―。」
「あー、パン派って多いらしいよな。」
「へー、そうなんだ。そう言えば、さっき数学の小テストがあってさ――」
随分、機械的な会話だった……彼だけではなく、周りの友人たちも全員。。相手が話し終わるのを待ってから、また別の人物が話し始める。日本語もずいぶんきれいだった。まるで、国語の教科書を朗読しているかのように。話の内容もつまらないし、彼らが盛り上がるような要素が見当たらない。ただ単に、『普通に会話を楽しんでいる』様子を演出するかのように――
廊下ですれ違う一瞬、礼司がこっちを見て笑った気がした。
……上条礼司でも、「空」でもない。
でもどこかで見たことがある気がする、奇妙に下卑た笑顔――
そういえばここ数日、ずいぶんおしとやかな生徒が増えた気がする。あの小島恵美が、大声で笑うことが一度もなくなった。
……何かが、おかしい。智也はそんな気がしていた。
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