第29話 正義の鉄槌(8)

 毓は放課後、再び屋上で「処刑人」と対峙していた。彼はフェンスの上に座って、足をぶらぶらと揺らしている。

 最近は彼と会話することにもすっかり慣れていた。なにせ、魂そのものがつながっているのだから。

「今の気分はどうだ?」

「……最高。」

 毓はここ数日の間、ずっとあの光景を脳内で反芻し続けていた。

 あの元人が、絶対に越えられない壁のように見えていたあの強者が、無様に地に這いつくばり、ボロボロのあられもない姿で、自分に向かって慈悲を乞う――!

 世界が一瞬で地獄から天国に変わったような心地だった。遂に自分の人生にやってきた、大転換!いつかは来るはずだと信じて、毎日思い描き続けてきた……その甲斐があって、超常現象は毓の想いに答えてくれたのだ!

 だが、これだけでは終わらせない。毓は、英二と慎太郎が自分に対して怯えていることに気づいていた。ひとまず、今は焦らしてやろう、と思う。

 ついでに、英二に容疑を押し付けるのも我ながら素晴らしいアイデアだった。彼はいつも毓がされているように、理不尽に鬼瓦に怒鳴られ続けていた――あれは実に痛快だった。

「慎太郎と英二は剣道部だろ?一緒にやるってことで良いか?」

「うん。」

「順番はどうする?」

「えっと……。」

 慎太郎は、物怖じしない自分が格好いいと思い込んでいる気障な奴だ。ならば、徐々に自分の番が迫ってくる恐怖を味あわせてやるのがいい。

「…………英二が先だ。ただし、慎太郎の目の前で。あと、慎太郎は特に念入りにやってやれ。もう一年くらい、復帰できなくなるようにっ……!」

 彼にとって強い誇りの一部である、剣道。その最終学年での活躍のチャンスも、奪い取ってやらねば。

「――それも、おまえの恨みの強さ次第……いや、足りないはずねえな。よし!じゃあそういうことでっ!明日は英二と慎太郎、二人のいじめっ子に鉄槌を下す!」

 処刑人はそう言って飛びあがり、フェンスの上に降り立つ。

 そして向こう側に飛び降りて、姿を消した。


 毓がフェンスの下を見下ろすと、もう怪異の姿はない。

 走り込みをしている野球部の姿が見えた。だが、その中に元人はいない。彼はしばらく、大好きな野球もできないのだ。

 彼の生き生きとした存在感そのものが、毓にとっては苦痛だった。それが今、この学校から完全に消し去られたのだ。毓はすがすがしい気分だった。

 やはりまたしても、つい笑みがこぼれてしまう――そんな彼の背後から、彼を呼ぶ声があった。


「――朝比奈毓くん、だよね。ちょっといい?」

 振り返ると、そこには世常智也が立っていた――だが、毓は彼の名前など知らない。ただ、顔を見ただけで既に嫌な印象だった。名前を呼びながらも、こちらのことをいかにもどうでもいいと思っていそうな無表情。

「っ!?な、何……?」

「ちょっと話があるんだ。あんまり人に聞かれたくないことだから、ここにいてくれてちょうどよかった。……ていうか、さっきまで、誰かと話してた?」

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