第30話 正義の鉄槌(9)
智也はのんびりとした歩みで、屋上の真ん中に出てきた。二人の頭上には曇り空が広がっている。
「…………えっと、俺に話って、何……?」
「単刀直入に言うよ。……君、怪異と契約してるだろ?」
「っ……………………!」
毓はこれ以上なくわかりやすく動揺を顔に出した。
「で、その怪異が元人くんを襲った、ってことで合ってるかな?」
「…………何のこと?か、怪異って、何?」
智也は毓がとぼけるのを見て、少なくとも無理やり契約させられたわけではない、と判断する。
「さっきここにいただろ。次もまた誰か襲う予定なんだよね……同じクラスの比嘉君と三河君、とかかな?」
「っ、なんで……。」
そう言って毓は慌てて口を閉じた。
「要するにさ、君を苛めてたやつらへの復讐なんだろう?」
「……………………。」
毓の心臓はバクバクと跳ねている。あくまで智也は質問をしているだけなのだが、毓にとって彼は、計り知れない脅威のように感じられた。まずそもそも怪異のことを知っていて、当然のようにそのことを問い詰めてくる。無表情で、こちらのことをすべて見通しているかのような目で――只者では、ない。
とは言っても智也は、「処刑人」についてコピー君から聞いたことに関しては確かに「お見通し」なのだが、自身は怪異と戦う力など持っていない。自衛の手段として、例のお守りを持っているだけだ。彼からすれば、毓は勝手に恐がっているだけの愚か者だ。
「僕は君にお願いしに来たんだ……今すぐこんなことやめろ、ってね。」
「な、なんでお前が、そんな、こと……俺、は…………。」
「何をそんなに怖がってるんだい?菅野君をあんな風に痛めつけておいて、いざそのことを人に言われると恐いっていうのか?」
「……………………。」
もはや毓は、全ての質問に対し沈黙でイエスと答えていた。
「それって、すごく身勝手なことだよね……。バレなければ何をやってもいいと思ってるんだ。それって、人として最低じゃないか。」
智也は道端のゴミを見るような目で毓を見た。
「っ、違うっ!最低なのは元人の方だっ!俺は違うっ!俺の方がずっと、被害者だったんだ!バレなければい何をやってもいいって思ってるのは、あいつらの方で」「だから仕返ししてもいいってこと?やっぱり最低じゃないか。ぜんぜん言い訳になってないよ。君がやったことは暴力だ。その事実に弁明の余地はない。」
智也はぴしゃりと言い放つ。
「っ!お前、だって……!お前だって、黙って見てただろ!?俺が苛められてるの、知ってたくせに、た、助けなかったじゃんか!」
「ああ、うん。そりゃあ、余計なトラブルに巻き込まれたくないからね……で?だから何?だから、君の復讐が正しいってことになるの?」
智也はお得意の論法を展開する。他人に向かってこうやって自分の考えを披歴するのは、ここ最近続けて二回目だった。そんなことをするなど、少し前までは思いもよらなかったのだが……前回、礼司を糾弾して追い詰めることに成功したことで、少々癖になってしまったらしい。
「君がいじめられてるのは君の問題だろ?人のせいにする前に、まず自分で解決しようともしてないじゃないか。助けだって求めなかったし……ていうかそもそも、僕は知らないんだけどさ、苛めの原因も君にあるのかもしれないし。誰だってまず、自分の立場は自分で守る。自分のことは自分で責任を持つ。君も。君以外の人も……それが大前提だろ?まあもちろんその上で、苛めとかはするべきじゃないとは思うけど――」
智也は普段の寡黙な様子からは想像がつかないほど、ぺらぺらと饒舌にしゃべり続ける。毓はもはや気持ち悪くなってきた。これは、慎太郎達に対する憎悪とは違う。神経を、逆なでするような――
「っ、そんな屁理屈言ってんじゃねえ!偉そうに言うな!お、おまえは苛められたことなんかないくせに……!どれだけ苦しいか、知らない、癖に……。」
毓は叫びながら涙を流した。
「うん、知らないけど……いやだからさ、苛めの辛さがどうかとか、そんなこと関係ないんだって。僕が問うてるのは、今現在進行形で、『君が』やってることの是非だから。」
「っ…………。」
「自分のことには自分で責任を持つ。その上で、他者に危害は加えない。苛めも、暴力もいけません。小学校の道徳でも習ったよね?」
毓は黙った。
智也も黙ったまま、澄ました顔で顎を突き上げ、毓を眺めつづける。毓はぎりぎりと歯ぎしりしながら、その顔を思い切りにらみつける。
「……お前、お前が何者だか知らないけど……後悔させてやる!わかってるだろ?元人と同じだよ。お前も俺を馬鹿にしたから、ただじゃすまないって!」
「はぁ……そうかそうか、脅しに頼るんだ…………でも、後悔するのは君の方だよ。」
智也は毓を睨む。
「あいつが君との契約を完了したら、あいつはもっと強くなって、また別の人と契約する。それでもっと大勢の人を傷つけるようになるんだ。……わかるかい?君はいじめっ子を成敗したかったのかもしれないけど、他の誰かがもっとしょうもない理由であいつと契約するかもしれない。……君はそれでもいいの?」
「え…………。」
毓は正直に言って、そこまで全く考えていなかった。
「で、でも、あいつは俺のために生れて来たって……。」
「そんなの嘘だよ。怪異にとって人間との契約は、自分が強くなるための手段でしかない。契約が一度完了したら、もう契約者には用なしさ。……でも、途中で契約破棄さえすれば、まだどうにかなる。」
これも、コピー君が智也に教えてくれたことだった。あくまで契約においては、契約者が優位になるのだ。
「……今からでも遅くないよ。君は正しい判断をすべきだ。」
毓は葛藤した。そこまで自分の手を離れた大きな影響が出ると聞くと、俄かに恐ろしくなってくる。だが一方で、せっかく手に入れた復讐の力を手放すなど、到底できない……それに、目の前のこいつの言うことを聞いて「反省しました、ごめんなさい」と言う態度を示してやるのも我慢ならない……!
「……あと、もし苛めを本気で止めたいって思うなら、僕がA組の白石優子さんに頼んであげるよ。その場合、君はきちんと加害者たちと話し合いさせられるだろうけど、それでいいなら――」
――解決なんて、そんなのどうでもいい!俺が望んでるのは……!
「っ~~~~……………………!!」
毓は結局、何も言わずに踵を返し、階段を駆け降りていった。
「…………はあ。」
ばたん、と閉じる扉を眺めて、智也は嘆息した。
「やっぱり、君から聞いた通りだったよ。あいつも結局、他人を支配したくてしょうがないんだ。」
『――アア、クズだねッ!どいつもクズなんダ!アハハハハッ!』
「……笑い事じゃないって。」
頭の中に響くコピー君の笑い声が、ますます智也をげんなりさせる。彼がこの芸当を覚えたのは一週間前くらいだが、智也も次第に慣れつつあった。もちろん、智也が良いと言った時以外は話しかけない、というお約束付きだが。
曰く、他の怪異達も人間にこうやって話しかけることができるらしい。そういえば、この前の「キューピットさん」は飯島玲奈と夢の中で接触したのだった。……どうも、怪異の法則性がわからない。
そういったテレパス的なことは容易な癖に、「キューピットさん」は礼司の心を操って玲奈のものにすることはできなかった。だがその後に現れた「空」はいとも簡単に生徒たちを洗脳し、しかもかなり強力な物理攻撃まで手に入れていた。そして、今現れた「処刑人」は完全に物理攻撃に特化している。
……つくづく、怪異と言うのはよくわからないものだ。
ちなみにコピー君の占い稼業も、なんとか細々と続いているらしい。そのせいで女子の人間関係にひずみも生じているようだが……まあ、他の怪異に比べれば大した被害ではない。
智也はフェンスに歩み寄って、ぼんやりと校庭の様子を眺めた。いつも通り、小さな蟻のような同学たちが、能天気に何も考えず、あるいは心の中にどす黒い嫉妬や敵愾心のあれこれを隠して、せっせと汗を流している。
……今日は、何の異変も起きないようだった。
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