第14話 青春の空(1)
放課後、男子トイレにて。
智也は今日もコピー君から、他の生徒たちの人間観察記録を聞かされていた。「当事者目線」で本人の声と口調を完全に再現して話す割には、コピー君自身は彼らの感情をあまり理解していない。
だが、最近は智也の教育の成果もあって、彼の人間理解はすこしずつ深まってきていた。口で伝えきれない部分は、智也の頭の中にある図書室の本の記憶を読み取らせている。その結果コピー君は、智也ほどではないにせよかなり博識になっていた。もっとも、置時計の構造や世界の蝶図鑑など、あまり人間理解には役に立ちそうにないものが大半だったが。人間についてのかなりの「データ」は、智也の独断と偏見から来ている。
今日二人が話していたのは、D組の
周りの人間は、彼を直視するだけで、これと言った理由もなく不快感を覚える事が多いらしい。そのため、特に悪いこともしていないのに「ヤバい奴」「むっつりスケベ」という「罪状」の名の下に陰口を言われ続けていた。
彼にとってはさらに具合の悪いことに、D組には彼のような者をいたぶることを趣味とする男子の一団がいた。その中には学年きっての素行不良の問題児、
だが毓自身は、嫌だと思いながらも誰かに助けを求めることは無い――なぜか?コピー君が本人の代わりに言うところによれば、『そんなのダサすぎる』だからだそうだ。
誰にも好かれていないくせに、今更馬鹿なことを、と智也は笑った。そればかりか彼はむしろ、いつも授業中、いじめっ子たちに復讐して屈服させる勇ましい自分の姿を思い描いて悦に浸っているらしい。暴力を受けている正にその瞬間も、『本当は自分にはすさまじい秘密の力があり、その気になればお前たちなど一瞬で殺せるのだ。』と思うことで虚栄心を満たしているというのだ。……無能な上に、クズだった。本当に、救いようがない。
「クズかぁ~、元太が言ってたのと同じだぁ~。じゃあ、元太が正しいのカ?」
「いいや、彼らが朝比奈君にやってることは間違ってるね。あいつらもクズさ。……でも、朝比奈君だって悪い。だから同情してやることなんてないね。いつも必ずしも、被害者が善人じゃないってこと。」
「あ~、じゃあ玲奈も悪い奴か~。」
「ハッ、ああ、間違いない。あの人はもはや明らかに犯罪者だったからね。まあ、いわゆる悪人とは違うけどね。ていうか、僕は善人なんてこの世には存在しないと思ってるよ。そういう概念自体が偽善の産物さ……まあ、ごくたまに例外はいるけど。」
智也は優子のことを思って付け加えた。そう、善人と言えばまさに彼女のことだ。完璧に道徳を完成している。聖母、聖人、天使――自分は決して、あんな風にはなれない。智也は彼女に対して、憧れと尊敬、ひがみのまじった歪な好意を抱いていた。
「じゃあ、礼司ハ?礼司はイイ奴じゃなイのか?みんなそう言ってるゾ!」
「あの人は……自分が善人だと思い込んでるだけさ。さっき君が教えてくれただろ?あいつも朝比奈君をいじめてたって。自分で無自覚なだけさ。人はそうやって、自分のやってることが悪くないって思いこめるのさ。」
そう、あの純情そのものとでも言えるような上条礼司もまた、朝比奈毓のいじめに加担していたのだ。智也も今、初めて知って意外に思ったところだった。
体育祭で彼が「皆で一致団結」を唱えて場を盛り立てているときに、へまをやらかして場の空気を覚めさせる毓の無能さが気に入らなかったらしい。後でいじめっ子たちと共に、『もっと頑張れよお前!』『皆の想い無駄にするなよ!』などと怒鳴り、肩を揺さぶったり突き飛ばしたりしていた。
その後のいじめっ子たちの執拗な非難の言葉には、さすがに追従する気にはなれなかったようだが、『根性叩き直しておけよ!』と取ってつけたように教師然としたことを言い放ち、罪悪感を誤魔化して立ち去って行った。
その後も時折、いじめっ子たちに便乗して彼をなじるような発言を何度かしている。……だが例のごとく、一年たった今では、彼は毓のことをすっかり忘れ去っていた。
「全く、どいつもこいつもさ……。」
智也は皮肉気に笑った。
本当は皆、心の中には醜いものでいっぱいの癖に、それら全てに蓋をし、上っ面の上品で美しい青春のメッキで覆い隠している。智也はどうにもそれが許せなかった。それらはすべて白日の下にさらされ、審判されるべきではないか。
だが、そんなことはとうぜん智也にはできないし、わざわざ正義の味方になろうとも思わない。人を支配する能力も権威もない奴が、突然ヒーロー面して他人を裁くことこそ、偽善だろう。世の中の評論家やコメンテーターと同じだ。
……もっとも、白石優子なら話は別かもしれない。最近になって智也は、そう思い始めていた。
「あー、ソウ言えば礼司も、さいきんゲンキ無いみたいだゾ?」
コピー君が、思い出したように言った。
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