第13話 キューピットさん(13)

 その後、キューピットさんに襲撃を受けた女子たちは、病院で目を覚まして回復した。後遺症などは特にないらしい。

 今回の一連の事件については、目撃者が教員らも含めて大勢いるため、校内で大騒ぎになった。だが結局、このことを公表するという話は出ていない。肝心のキューピットさん自身が消えてしまった以上、証拠が何もないからだろう。

 保護者に対しては、倒れた女子高生たちのことも含めて、占いに対する恐怖が生んだ集団ヒステリー、という雑な伝え方でまとめられた。……そして当然、校内で占いの儀式や呪いの類は半永久的に禁止となった。

 田辺早苗は大いに不服そうだったが、これからも血液型占いの話などを続けるつもりだろう。だが、小島恵美はもう、そういった話には乗り気でなくなってしまった。……早苗の立ち位置が危ういかもしれない。

 なお、その件でとばっちりを食らった人物がもう一名いる――コピー君だった。ライバルが消えたことは喜ばしいことのはずだったが、新しい校則のせいで、誰も彼の元にやってくることは無くなってしまった。

 智也はそのことに関しては別段同情しない。ただ、キューピットさんに襲われたときに危険を知らせてくれたことに関しては、感謝を伝えておいた。


 一方、事の元凶である飯島玲奈は、あれ以来優子に対しては特に何も言わず、最初から何の関わりもなかったかのように澄ました顔をしている。以前よりも、意気消沈して見えるが。無理もない。結局彼女の思惑は、何一つうまく行かなかったのだから。

 彼女がどれだけ色仕掛けをしようと、裕樹は相変わらず優子一筋だった。結局その戦法も諦めたらしい。彼女は前にも増しておとなしく、目立たなくなってしまった。

 ……ただ、前とはやや違って、ときどき裕樹の方から彼女に話しかけるようになった。すれ違った時は、いつも「今日も頑張れよ」と声をかけている。

 加えて、恵美やその取り巻きたちは、もう二度と彼女を攻撃することは無いだろう。今回の件で、彼女を恐れるようになったからだ。


 だが、そんなことは智也は知らないし、何の興味もない。事件が解決したのなら、それで何も問題はない。……ただ、玲奈が何の反省もせず懲罰も受けずにこの件を済ませたことを考えると、侮蔑の念が湧きあがってくる。結局彼女はこれからも、自分勝手で偏執的で病的な人間のまま、放っておくしかないようだった。


 だがそれ以上に、智也は自分がキューピットを倒したことを思い出し、満足に浸っていた。そう、自分は確かに、優子と共にあの悪しき存在を葬り去ったのだ。その結果、玲奈の醜い願望も打ち砕かれたのだから、間接的に彼女を裁いたようなものではないか。そう思って、留飲を下げることにした。


 ……最も、色々と引っかかることは残っているが。

 キューピットさんに襲われたとき、自分がいた校舎は何か様子がおかしかった……というか、明らかにいつもの校舎とは違っていた。

それに、壊したはずの薬品の瓶が、すべて綺麗な状態で棚に戻っていたのもなぜだろうか。

 それから――


「ねえ、優子さん?」

「何?」

「結局、キューピットさんはあの状況でボロボロだったから、包丁で倒せたわけだけど……もし、あいつがずっと姿を隠し続けてたら、どうやって倒すつもりだったの?」

「……………んー。」

 結子さんは数秒間沈黙して、

「ごめんね、それはちょっと言えない。」と、曖昧な笑みと共に言った。」


 ――一番度し難いのは、怪異じゃなくて、この人だ。


 智也はそう思って、改めて言いようのない恐怖を覚えた。

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