ユーコとトモヤの妖怪退治
現観虚(うつしみうつろ)
第1話 キューピットさん(1)
校内の一角にある女子トイレ。手洗い場の鏡。
三人の女子生徒たちの妙な顔が並んでいる。決して美貌を競っているわけではない。彼女たちは、その鏡面に何かが起こるのを待ち望んでいるのだ。
「……4時42分。」
並んだ鏡像の左側――すなわち実像の世界からみると右側、手入れがぞんざいなショートカットの少女は、手の中の携帯電話を見て報告する。なお、校則により持ち込み禁止である。
「4分、だったよね?」
「後2分ってこと?」
真ん中のツインテールの少女の確認に対し、左側のボブカットの少女が中身のない受け答えをする。
改めて右から順に名前を言うと、
小島恵美はこの二年生女子の帝国における独裁者である。
天上天下唯我独尊。何者の指導も合理性の支配も受けない。現代となってはほとんど見かけないタイプ、すなわち「愚鈍だが強い」王である。
発言は軽薄、倫理観は相対主義を装って自己中心的。しかし快活で見た目も可愛らしい。彼女とそれなりに付き合いのある人間ならすぐにその印象が覆るのだが、一度かかわった以上、彼女に服従するか迫害されるか、それ以外の選択肢はない。
もっとも、この帝国のすぐそばで暮らす男子の中には、どういう訳か彼女が可憐で上品な姫君にしか見えない愚物もいる。
その右側に立つ田辺早苗は、そんな女王お抱えの呪術師である。日々の運勢や人間関係などの俗事にまつわるお告げや進言を行い、女王に重宝される地位を得ている。
特定の派に属するわけではなく、古今東西あらゆる邪神を節操なく崇拝し布教している。……要するにオカルト女子である。
一歩間違えればむしろ迫害されかねない属性だが、幸い性格は外交的であり、しかも彼女の儀式には血や生贄が関わることは無い。「オタク」と呼ばれることも無い。
そして最後に新庄心。女王の従者の中でも、最も位階が高い者である。またはただの腰巾着ともいう。……特に解説する価値はない。
さて、彼女たちはいま早苗の指南の下、とある儀式を行っている。
もっとも、難しい手続きなどない。ただ待てばいいだけなのだ。
しかし女王にとってはその待ち時間が耐えがたい。明らかにじりじりと待ちかねている。
少女たちの脳内で、秒針が少しずつ時を刻む。しかし携帯電話の表示はデジタルなので、進むのが遅く感じられる。
女王、もとい恵美は早苗と携帯電話を交互に睨む――これで何も起こらなかったら承知しないとでも言うように。女王の五分の価値は、重い。
しかし早苗は恵美の視線に気づかない。というより自分の立場が危ういとすら思っていない。
なぜなら彼女には、確信があったからだ。この怪談は、事実だと――いちどは自分自身の目で、確かめたのだから。
恵美は、星座や血液型と性格及び運勢の因果関係に対する信仰は厚い。しかしその一方で、科学の見地から言うと不確実さは大して変わらないこの手の儀式については信じない。妙なことだ。曰く、「学校の怪談とかさ、そういうのってフツー小学生までじゃん!」
残るは新庄心だが、彼女は先ほどから大げさなリアクションを取りこそすれ、別段信じている訳ではない。しかし同時に、まったく疑いも持っていない。
素直な性格?――否、単に何も考えていないのである。彼女はただ、女王のお気に召す軽薄な薄笑いを浮かべていれば、万事がうまく行く事を知っているのだ。
「――来た!」
田辺が叫ぶ――4時44分44秒、ちょうど。
三人は同時に鏡を見る。疑っていた小島も、途端に身構える。
…………鏡には何の変哲もない。ただ、三人の間抜けな顔が映っている。
繰り返すが、女王の五分間を無駄にしたとあれば、その罪は重い。その二秒間、小島の脳内には早苗に対する罵詈雑言の候補が無数に飛び交った。
――そして三秒目に、その思考は消し飛んで真っ白になる。
鏡の中央に映る自分の顔に、異常を見出したのだ。もちろん、彼女の顔が不細工だという訳ではない。そんなことは天地がひっくり返ろうとありえない。
そうではなく、鏡そのものがおかしかったのだ――彼女の顔の部分が、ぐにゃりと歪み、ひとりでに表情を変えたのだ。
目の端はきゅっとすぼまり、口が大きく裂けるように口角が上がる――どうやらそれは、人間にとっては「笑顔」に類するものだった。
三人の少女は硬直する。
「――――あァ!」と、鏡像から声が発された。
やけに甲高い、教育アニメのマスコットのような声だった。
くぐもって反響するような響きだった――鏡だから、と言っても理屈になっていないだろうが、そう言われると納得してしまいそうだ。
「やったネッ、今日も!お客さん、来たッ!」
鏡像は恵美の口を勝手に動かしながら喜ぶ。
「二日レンゾクッ、シンキロクッ、大人気ッ、株価急上昇ッ、スプートニク一号発射セイコウッ!本日ハ晴天ナリ!本日は――」
「あ……あの!」
一方的にべらべらとしゃべり続ける鏡に対して、恵美は恐る恐る声をかける。
「……質問、していいんだよね?」
女王にしては、かなり下手に出た聞き方だった。
「あは、あははははははッ!!!」
それを聞いて鏡は下品に高笑いする。恵美は「私の顔でそういうことしないでっ」と思ったことで、冷静に戻った。
「い~よぉ!なんでも聞いてぇ?聞いてチョウダイ!それが俺の仕事だからっ!仕事ッ!労働キジュンホウッ!働かざル者食うベカラズ!日進月歩!アメニモマケズカゼニモマケズ……!」
「じゃあ、一回静かにして。」
「……あう。」
「私の話聞いてくれない?」
「……あい。」
鏡はわかりやすくしゅんとした。
三人はなんとなくお互いにうなずき合う。鏡もなぜか恵美のしぐさを真似して、ズレたテンポでうなずいてみせる。
「……じゃあ、聞くね。」
「どーゾ、なんでも!」
恵美はつばを飲み込んで、尋ねた。
「
「かみじょう…………?」
「礼司くん。」
「……ああ!レ―ジね!レ―ジ!」
鏡は一瞬怪しい反応を見せたが、下の名前で思い至ったようだ。
「レ―ジはね!ニンキモノだね!俺も人気者になりたイ!アハハハ……!」
「……で、誰なの?」
恵美はしびれを切らしかけている。
そしてその後に、「もしかして私――」と言いかけたが、
「――ユーコ。」と、あっさり答えが返ってきた。恵美の期待は全くの的外れだった。
「え、ゆーこ、って……。」
「白石、ゆうこ、だぞ?……あれぇ、知らないのォ?」
「白石、さん……。」
恵美は鏡に返事もせずに固まっている。
両隣の二人はどういう反応をすればいいのかわからず目を合わせた。
妖怪変化は事実だった。ならば当然、その口から語られた言葉も事実、のはずだが――なんとなく、信じていいのかどうかわからない。現実感が、無い。
その上、その事実はわれらが女王にとって都合の良いものではなかった。その場合、どうフォローすればいいのか。
だが、恵美は結果に納得していない訳ではなかった。むしろ傲慢な彼女ですら、納得せざるを得ないものだった。
彼女の脳裏をよぎった言葉はただ一つ――――「あ、終わった」、だった。
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