第5話 キューピットさん(5)
数日後。
先日の「キューピットさん」の一件はたちまち女子の間で噂になった。その結果、そのうち多くが同じ儀式を試みるようになった。恐いもの見たさと言うか、怖いもの知らずである。
そしてもう一つの影響として、誰かが恵美に目をつけられた。「キューピットさん」の名指しを受けた、飯島玲奈その人である。
あの怪現象のその場に居合わせた女子は七人だったが、全員が「飯島玲奈」の名前を伏せている。
恵美としても、「礼司くんと飯島さん、運命なんだって!」などと噂されるのは面白くない。しかし、恵美は彼女を監視することにした――そう、あろうことか、全力で占いの結果に抵抗するつもりである。
他の儀式の参加者たちとは、危機意識がずれていた。祟りだのなんだのと言うことは思いもよらない。彼女はあの結果に対しておびえることなどなく、単にムカついていた。そして飯島玲奈、および一瞬だけその姿を捉えた「キューピットさん」を、自分の支配に反逆する仮想敵とすらみなしていた。
ただし、怪異と対決する勇気があるのではなく、自分の身に危害が及ぶ可能性に思い至らないだけである。前に遭遇した鏡の妖精が人畜無害であったので、今回もそうだろうと無意識に思い込んでいた。
そう言う訳で、玲奈は日中、恵美達に監視されているのを感じていた。
玲奈は気づいていないふりをしながら、そっと唇を噛む。
――何あれ。今更、なんなの。
恵美と言う女は本当に性悪だ。玲奈は、小学生の時の彼女との因縁の数々を思い出す。
――また、いじめられるのかな。
彼女に対してこちらから悪気を持ったことは無いし、そもそも迷惑をかけるようなことすらしていなはずだった。ただ玲奈は、普通に自分の人生を頑張っているだけ、のつもりだった。
だが恵美にとっては、まさにそれが迷惑だったのだ。
一生懸命勉強して成績優秀になって、一生懸命練習して水泳の大会に出て……それから、頑張り方がわからなくて苦手だけど、少しだけ勇気を出して、大好きなあの人に遠回しに好意を伝えてみたり、した。……結局、気づいてもらえなかったけれど。
玲奈はそこまで目立つタイプではなかった。むしろ、ひけらかさずにひっそりと努力を積み上げていく。ただ、それでもやはり、周りの児童とは違う風格のようなものは、あった。もてはやされたりはしないものの、やはり周囲からは一目置かれた存在になっていた。
それが、恵美には気に入らなかった。
――なによ、いつも済まして『私、完璧ですから。人と競ったりする必要ないんで。』みたいな顔して。
日々の言動や立ち振る舞いから受けるそうした印象が、なんとなくイライラになって積み重なり、そしてなんとなく機嫌が悪い時期に、そのゲージがたまり切ったのを、『今まで大目に見てやっていたけれど、度が過ぎている』と言うように、玲奈の方に非があるかのように思い込むことができてしまったのだ。
小島恵美は、そう言う人間である。
実際のところ、直接のきっかけは玲奈が運動会でリレー走に参加したという、それだけだったのだが。そしてその結果、礼司に褒められてちょっと笑ったと言う、本当にそれだけ。
そもそも自分で名乗り出たわけでもなく、なんならアンカーとして目立ったのは恵美の方だった。ただ、明らかに玲奈の貢献が大きかったのは事実だったが。
――私と違ってリレーなんか習ってないくせに!ただのまぐれのくせに!
恵美は玲奈の実力を認められず心中で憤慨した。
その後さんざん嫌がらせをしてモヤモヤは解消したつもりだった。しかしそれ以来、リレー走にはコンプレックスが生じて敬遠していたりする。
恵美は玲奈を監視しながら、思い出して腹が立ってくる。そして『そう言えば、まだあいつは一度も私に謝ってない』と、現在進行形の罪状を追加する。
いっぽうの玲奈も自分が受けた仕打ちを思い出してため息をついた。まさかそんな些細なことがきっかけだなんて、後から思い出してようやく気付いたくらいだったのだ。
――私、悪いことなんて何にもしてないのに。
無視、悪口、お菓子外し――心当たりがない以上、なんと反応すればいいかもわからず、謝るべきだとも思えずにただただ困惑し沈黙するしかなかった。最悪だったのは、腐ったチョコを食べさせられたこと……。
あの頃の友人関係のことは、二度と思い出したくもない。地獄だった。
そしてその地獄が、今度もまた繰り返されるのだろうか――
いいや、今度は、そうはならない。
彼女には、そう確信があった。
なぜなら今の自分は、守られているのだから。その胸の中には、彼女を強くしてくれる温かく強い何かがある。
「……ねえちょっと、飯島さんだよね?」
放課後の下駄箱で、とうとう恵美に声をかけられた。数人の女子を引き連れている。
「ひさしぶりぃ~。恵美だよ、覚えてる?」
そう言って恵美はわざとらしく笑いかける。
「……ごめん、誰だっけ。」
玲奈の口からは、かつての彼女とは思えないような冷たい口調の言葉が発せられる。明らかに、挑発的だった。
「……えー、うそぉ!覚えてないのぉ?ほら、小学生の時、あんなに仲良くしてたじゃない!」
敵意に敏感な恵美はすぐさま応酬する。
玲奈は靴を立ったまま履き替えている。そしてほとんど目を合わせずに答えた。
「さあ?昔のこととか、あんまり覚えてないから。」
「あ、そう。……じゃあ、小学生の時好きだった人とかは?」
恵美は躊躇なく踏み込んだ。
「……え?」
「礼司くんのこと、まだ好き?」
恵美は、本当はもっと自然な流れで世間話ついでに聞くつもりだったが、今の玲奈の態度は明らかに「わかってる」方だった。
「……さあ。私、あなたのこと知らないし。そんなこと答える義務なんてない。」
そう言って玲奈は睨んできた――一瞬、その瞳が赤く光ったようにも見えたが、恵美は気のせいだろう、と思った。
「へ~……でも、私は好きだから!」
「…………。」
「…………。」
一瞬、二人はにらみ合う。そこに恵美の取り巻きの視線も混ざっているが、玲奈の眼中にはない。心はむしろ、少し気圧されていた。
――玲奈ちゃんって、こんなにきつかったっけ?
「…………あ、そうなんだ。」
玲奈はさもどうでもよさそうに言って、そのまま去って行った。
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