第17話 青春の空(4)
2年B組。国語の授業。
教室廊下側、最後列の席の世常智也は、この上なく苛立っていた。
「今はただ、その一事だ……ぐぅっ、走れ、走れメロスウゥッッッ!!!」
右斜め前方の男子生徒が、教科書を手に、涙ぐみながら絶叫する。智也は思わず耳を塞いでしまった。だが、智也以外の教室中の生徒全員は、一様に涙を流していた。
――何なんだよお前ら、いったい……!
智也はこの空間そのものに殺意をたぎらせていた。
国語の授業など、テキストを一読しただけで大体模範解答がわかるので、あとは適当に聞き流せばいいはずだった。……というかそもそも、登場人物の心情理解ということ自体、智也にとってはナンセンスなのだが。
なぜ、こんなに割に合わないストレスを感じながら受けなくてはいけないのか。エアコンがない教室の熱気を、更に生徒たちの熱が掻きたてる。……ふざけるな、健康被害だ。智也の席は廊下側で扇風機が近いことが、せめてもの救いだった。
「酒井ィっ!今、この箇所を読んでどー思ったァッ!?」
中年の男性教員が叫ぶ。
「はいッ!とてもッ……感動しました!俺もッ、つらい時苦しい時ッ、仲間の事を思い出してッ、命がけで頑張ろうと思いますッ!」
「「「うおおぉぉぉぉッッッ!!!」」」
「そうだッ、よく言った酒井ッ!」
「私も!私もそう思いますッ!」
――死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね…………!
智也の心の中の声は、もはや普段の冷静な批評家ぶった語彙を失っていた。もはや単なる不快感以外の感想が出てこない……なんだこれ。どうしてこうなった。
小学校の授業参観や行事で、歯が浮くような模範的な感想を言わせるということはよくあるだろう。だがそれにしたって、ここまではしないはずだ。もはや、白々しくもない。この場にいる全員が、明らかに心の底から言葉を発し、熱狂していた――そう、はっきり言って狂気的だった。
最近はずっとこの調子だ。
たとえば今日一日取るだけでも、地獄。数学の授業では挙手と指名に熱が入りすぎて授業が進まず、音楽の授業では合唱で智也の耳が破壊され、道徳の授業はもはや吐き気がするので思い出すことすら憚られるありさまで……そして、この国語に関して言えば、単元が悪かった。
クラス全員が今日になって突然、不明な動機で一致団結したのだった。教員も特に戸惑うことなく、積極的に同調している。
……この教室には、完全に理性が欠けていた。智也を安心させてくれる要素が。誰かひとり、場の雰囲気に流されたりせず、いつも適度に人当たり良く振る舞う生徒がいたはずなのだが……智也は、それが誰だったか思い出せない。多分、気のせいだろう。今日の欠席者はゼロ名だ。
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……やっと、長い一日が終わった。
熱い日差しを首筋に受けながら、智也は校門に向かう。
グラウンドでは、陸上部が金切り声をあげながら、練習に励んでいる。夏の大会に向けての、大事な時期だという。今となっては、智也以外の全校生徒が陸上部に所属していた……つまり、総勢50名。とにかく、やかましい。
それに加えて、最近は毎日のように誰かが倒れている。怪異のせいではなく、熱中症である。
「大丈夫かッ、中山アァッ……!」
「大丈夫、です……必ず、戻ってきます……!」
一年生の男子が鼻血をぬぐい、肩を支えられながら退場していった。そう、その言葉の通り、明日にはまたすぐに過酷な練習へと戻っていくのだろう。
智也がもう少しグラウンドを回ると、今度は骨折者を見出した。「俺、まだやれますッ!」などと戯言を叫んでいる。
あともう少しで校門、というところで、智也は上条裕樹を見かけた。
真っ赤なバトンを片手に、獅子のごとく雄々しい有様で大地をかけていく。玉のような汗が光るその顔は、満面の笑みだった。……その視線が向けられているのは、他の部員たちの方だった。その中には、骨折した腕を抑えて呻いている後輩もいる。
「アハ、アハハハハハハハッ――!」
――あの怪我を見て、嬉しそうに……人としてどうかしてる。
智也はぞっとした。上条裕樹。短慮で独善的なクズだとは思っていたが、さすがに今のは常軌を逸していた。
おかしい。何かが、おかしい…………だが智也は、なぜかそのことについて深く考えることはできなかった。
そして、校門を一歩踏み出たその瞬間――
――智也は、校門の前に立っていた。
――…………いや、当然のことだろ。
智也は一瞬感じた違和感を振り払う。そして、今日一日も何とか耐え忍ぼう、と思いながら、
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