第2話 早くやりたいことがある

 ユニスが新しい宿に引っ越してきてすぐ、2人は昼食後にユニスの部屋で打ち合わせをすることとなった。


 昼食後に部屋に戻ったユニスは、拠点となる部屋を隅々まで観察し、改めて満足していた。

 前に住んでいた宿の部屋とは比べ物にならないくらい清潔で、手入れも行き届いていた。宿には大浴場も兼ね備えていて、毎日風呂に入ることができる。これは女性冒険者の宿泊者が多い理由でもあるのだ。

 さらにこの宿は料理がおいしいので有名だ。朝夕は宿泊者のみだが、昼は食堂を兼ねて一般客も食べにくる。

 プリシラと一緒に昼食を食べたユニスは、その旨さに驚いた。今までの宿の食事とは比較することもおかしいくらいの差だった。プリシラ曰く、この料理目当てで宿泊する客もいるという。ユニスは、なるほどと納得するよりほかにない。

 ユニスはプリシラに強引に決められたこととはいえ、引っ越してよかったなと感じていた。


コンコン


 ユニスの部屋に、申し訳なさそうなノックの音が小さく響いた。


「プリシラです。」

「入っていいぜ。」


 ユニスが返事をするとゆっくりとと扉が開き、プリシラが遠慮がちに顔を見せた。


「お邪魔します。」

「遠慮せず入って来いよ。」

「それじゃあ。」


 ようやく部屋に入ってきたプリシラを見たユニスは、一瞬動きが止まった。彼女は今まで見慣れた冒険者用の服装ではなく、普段着に着替えていたのだ。その服は普通の町娘の服装とほぼ変わらなかったが、見慣れていなかったユニスには新鮮に映り、目を奪われてしまった。

 プリシラは何を着ても似合う。というより、プリシラが何を着てもその服がプリシラをより引き立ててくれる、そんなイメージだった。


「ユニス、どうしたんですか。」


 プリシラが不思議そうに尋ねてきた。


「・・・いや、普段着のプリシラを初めて見たんでな、ちょっと驚いたんだ。」

「え・・・あ、着替えたらまずかったでしょうか。」

「いや、まずくない。そのままでいい。」


 プリシラがすまなそうにしたため、ユニスは慌てて否定した。そしてユニスは自分が冒険者の服装のままであることに少し恥ずかしくなった。


「すまない。着替えるとは思わなかったんでな。」

「私、私服を着たユニスも見たいです。」

「・・・今度な。」


 プリシラの言葉にユニスは普段着の自分がプリシラと横に並んだ姿を想像し、つり合いが取れないなと思って慌てて頭の中から消した。


 部屋にはテーブルと椅子が2脚備え付けてあり、2人は椅子に座った。

 椅子に座ったプリシラは、なんだか落ち着かなさそうにきょろきょろそわそわしていた。


「?どうした。」

「あの、私、男の人の部屋に入るのは初めてで、なんだか緊張しちゃって。」


 ユニスも部屋を見渡すが、今日入ったばかりで荷物も広げていないから、男っ気が無いどころか、まだ自分の部屋という気もしない。それでも緊張するというプリシラを見てなんだかおかしくなった。


「変な奴だな。・・・まあいい、とにかくパーティについての話をするぞ。」

「は、はひっ。」


 プリシラが咬みながら返事をした。


「まずパーティの目標だが、当面はプリシラのレベルアップということになる。最低LV5まで上げないと中級ダンジョンに入れないしな。」


 ユニスはプリシラに説明した。

 中級ダンジョンに入るための条件は、パーティの平均がLV30以下、各個人では最低LV5以上最高LV35以下となっている。

 ユニスはLV30なので問題は無いのだが、プリシラはユニスにレベルを分与したために現在はLV3なのだ。


「俺は初級にはもう入れない。だからできるだけ早くプリシラのレベルを5まで上げることが必要だ。」

「そうですよね。でも、私に合わせていたらユニスのレベルが上がらないんじゃ。」

「そんなのは問題ない。」

「でも私のために迷惑かけてるようで・・・。」


 プリシラが申し訳なさそうに言った。それを聞いてユニスは少し怒ったような口調で言った。


「そんなのは気にすんな。俺はプリシラのおかげでレベルが上がった。だからプリシラのLVアップのためにパーティを組んだんだ。時間なんかいくらかかってもかまわない。俺の時間は、お前のために使う。」

「ユニス・・・」


 その言葉を聞いて、プリシラは胸が熱くなった。ユニスが自分のことを中心に考えてくれていることがうれしかった。


「それから言っておくが、」


 ユニスは言葉をつづけた。


「もうこの事について『申し訳ない』とか『すまない』とかそんな話をするな。怒るぞ。」


 ユニスとしては当然と思っていることを、謝られたり恐縮されていては逆に腹立たしくなってしまう。『俺を仲間と思っていないのか?』そう問われているのだ。

 それがわかったプリシラは、自分の心構えを入れ替えた。


「わかりました。もう言いません。ユニス、これからよろしくお願いします。」

「おう、任せろ。プリシラのレベル、どんどん上げていこうぜ。」

「はい。」


 2人は、パーティを組んで初めて意思がかよったと感じたのだった。


「パーティとしては今はダンジョンには入れない。だからこの周辺にある森とかに行って魔物を狩っていくことになる。プリシラに危険が少ないのは『南の森』か。」


 ユニスの言う南の森はLV5以下の初心者クラスの魔物が出没する森だった。


「でも2人パーティでも私の経験値は1/4です。たくさん経験値が必要ですからもう少し強い魔物が出る場所でもいいのではないでしょうか。」


 特殊能力「分与」の影響でプリシラの経験値はパーティメンバーに等分される。ユニスと2人でパーティを組む場合5人パーティよりはるかにましなのだが、それでもユニスに半分分与されるので1/4になってしまう。


「となると一つ上のランクの『西の山岳』だな。そかし心配なのは複数の敵に襲われた時だ。いくらダメージを半分俺が受け持てるとは言え、リスクがある。」


 ユニスはLV30なので大抵の魔物なら対処できるし、ダメージを負ってもさほど問題にはならない。しかし複数の魔物に出会った場合にはプリシラを完全に守れるとは言えないだろう。

 2人は話し合った結果、最初は南の森で戦い、頃を見て西の山の弱い敵が出る場所で試してみることにした。


 さらに、プリシラの装備を可能な限り防御力の高いものに買い替えることに決めた。プリシラは自分ばっかりではと遠慮したが、そこはユニスが強硬に意見を変えなかった。プリシラもパーティのウイークポイントが自分だということは自覚していたため、結局はユニスの言うとおりにすることにした。


「さて、じゃあ防具を買いに行こうか、・・・と言いたいところだけど、それは明日だ。」

「まだ日は高いから、今からでも行けますけど。」

「そうだが、俺はできるだけ早くやってみたいことがある。」


 ユニスは自分のギルドカードを取り出し、裏返してプリシラに見せて言った。


「レベルアップして成長した、俺の『箱』の能力の確認だ。」

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