第7話 薄明りの中で

「お腹、すきましたね。」

「・・・ああ。」

「ユニスさんは食べ物は何が好きですか?私は・・・」

「食い物の話はやめろ。よけい腹が減る。」

「はーい。」


 プリシラがちょっとしょげたようにうつむいた。


 2人が隙間に逃げ込んでから2~3時間は経過しただろうか。2人は隙間の奥に腰を下ろしたまま、最初の状態から変化はなかった。


 はじめはサイクロプスが何度か手を突っ込んだり、またバーゼルの持ってた大剣を拾ってきてガシガシと突っ込んできたりしてきたのだが、結局2人には届かなかった。岩を拳で叩く音も聞こえたが、ダンジョンの岩や壁は表装部分以外は壊すことが出来ないためか、しばらくしてその音も止んだ。

 今はサイクロプスは何もせず、かといって居なくなったわけでもなく、我々が出てくるのを待っている。時折、どすどすと歩く音や、うなり声が聞こえるくらいだ。


 2人のいる隙間は、ボス部屋の方から入るわずかな光しかない薄明りの暗い場所だった。

 その場所を2人は満足に動くことも出来ず、何の変化も無くただじっと籠っているしかなかった。


 変化と言えば、一番変わったのはプリシラだ。

 ユニスの持つプリシラのイメージは、いつもおどおどしている気弱な娘というものだったのだが、この隙間で2人きりになってから、何やかやと話しかけてくる。

 ずっと黙っていては気が滅入ってくるので話をするのも悪くはないのだが、それにしても印象が変わりすぎているように思える。今回のボス戦で命の危機に瀕して何かが変わったのだろうか。


「ここから出られるアイデアは考え付きましたか?」

「いや、何も。」


 隙間に逃れてから、ユニスは脱出方法を、もしくはサイクロプスを倒す方法を考え続けていた。しかしそんな都合のいい方法などそう浮かぶわけも無く、あれこれ考えては結局自分の特殊能力の『箱』に行きつくだけだった。ユニスは10分おきくらいにギルドカードを眺めたり指で触ったりしてため息をついていた。


「ユニスさん、なんだかギルドカードばかり触ってますけど、何かあるんですか。」


 そう言われて、ユニスは気まずそうにプリシラを見て、ギルドカードをポケットに収めた。


「いや、別に何もない。」

「ウソ。いつも意味ありげに触ってますよ。どうしてですか。」


 プリシラの追及にユニスは顔をしかめた。自分の特殊能力ではこれまでいやな思い出しかない。『使えない能力』『宝の持ち腐れだ』と散々バカにされ続けた過去があり、そのためユニスは自分の特殊能力の事は、少なくともこの街では全く話していない。自分の能力について知られたくなかったのた。


「何でもない。」


 ユニスはプリシラからの視線を外すようにそっぽを向いた。だが、プリシラは簡単には引き下がらなかった。元々密着していた状態から顔を近づけるようにして言った。


「なんで話してくれないんですか。絶体絶命なんですよ。2人で協力し合わなきゃいけないところなのに、隠し事してる場合じゃないですよ。」

「話してもどうにもならない。」

「そんなのわかんないじゃないですか。何を考えてるか教えてくださいよ。」

「う、うるせえよ。何だよお前、どうしちまったんだ?こんな積極的に話す奴じゃなかっただろ。」

「私、吹っ切れたのかもしれません。」


 プリシラは胸をそらしながら言った。


「こんなもう死ぬしかないような状況で、最後までおどおどしててもしょうがない、自分の思った通りに行動しようって。」

「お、おう、そうか。」


 プリシラの吹っ切れ宣言に、ユニスは少し引いたように言った。人間、極限状態になったらこれまでと全く違う振る舞いをする者がいるという。どうやらプリシラがそうだったみたいだ。


 さらにプリシラは、少しうつむき気味に、少し頬を赤くして言った。


「それに、ユニスさんは優しいから何を言っても受け止めてくれるって思ったから。」

「はあ!?」


 ユニスは自分が優しいと言われて驚きと共に困惑した。ユニス自身は、プリシラに対しいつも突き放したような言い方しかしてない自覚があったので、『優しい』と言われて理解に苦しんだ。


「勘違いだろ。俺はお前に優しくなんてしてねえ。」

「そんな事ありません。」


 プリシラはそういうと、ユニスの目を真っ直ぐに見た。


「私、最初はユニスさんが怖かったです。いつも不機嫌そうな顔をして、つまらなそうに短い言葉しか言わないし。私、ユニスさんに嫌われてるかと思ってました。

 でも今回のことでユニスさんの事がよくわかりました。私を律義に守ってくれるし、不安そうにしてたら励ましてくれたし。」

「それはバーゼルのやつからお前の護衛を命令されていたからだ。」

「そんなことありません。これまでユニスさん以外でここまで守ってくれた人はいません。他の人は、私を守ることは二の次で魔物を狩ろうと離れていくし、私が怪我しても『怪我なんてしやがって』と罵るかいやな目で見るだけです。でもユニスさんは「すまなかった」ってあやまってくれました。」

「・・・」

「それにユニスさんが自分の帰還玉が使えなかったときにも、私に『早く帰還玉を使え!』って言って、自分の事より私の事を心配してくれたし、逃げる時も一緒に走ってくれたし、ここに逃げ込む時だって、ボスが迫っていたのに私を先に入れてくれたし。」

「・・・たまたまそうなっただけだ。俺はそんなにいい奴じゃない。」


 ユニスは反論しようとしたがうまい言い訳が思いつかず、ただ陳腐な言葉を口にして横を向いた。


「だから、カードに何があるのかを教えてください。」

「なんで『だから』なんだよ。話がつながってないだろ。」


 それでもしつこく聞いてくるプリシラに少しうんざりしてきたユニスは、横を向いて無意識にギルドカードを取り出していた。

 それをプリシラが目ざとく見つけた。


「また触ってる。やっぱりギルドカードのステータスに何かあるんじゃないですか?」

「・・・うるさい。黙れよ。」

「もしかして、特殊能力ですか?」

「黙れ!!」


 プリシラの言葉にユニスからとっさに出た言葉は明確な『拒否』だった。その声は大きく、プリシラも、それに言った本人であるユニスさえも驚いて固まってしまった。

 プリシラは気付かぬうちにユニスが触れられたくないところに踏み込もうとしてしまった。そう気づいたがもう遅かった。


 わずかな沈黙の後、最初に言葉を口にできたのはプリシラが先だった。


「ご・・・ごめんなさい。私、ちょっと調子に乗ってたみたいで、ユニスさんが嫌なことしちゃったみたいで。」

「い、いや。すまない。大声を出すつもりはなかった。」

「本当に、本当にごめんなさい。」


 2人はそう言ったっきり、口を開かなくなった。


◇◇


 2人の間に重苦しい沈黙が支配した。

 2人は何も言えなかった。何を言えばいいかわからなかった。

 ただただ重く、苦しい静寂の時間が、いつまでも続くように思われた。


 だが極限状態の中での沈黙は、2人にとっては本当に苦痛でしかなかった。この苦痛から早く逃れたい。2人からその気持ちがゆっくりと、着実に大きくなっていった。


「あの・・・」


 最初に声を出したのはプリシラだった。その声にびくりとしたユニスだったが、同時に何とも言えない安心も感じていた


「なんだ。」

「私、静かなのに耐えられなくて。だから何かしゃべろうと思います。独り言と思って聞いててください。」

「・・・」


 ユニスは何も言わなかったが、止めもしなかった。それを了解と受け取ったのか、プリシラは独り語り始めた。


「私の父と母は、冒険者でした。」


 プリシラが語り始めたのは、彼女の過去の話だった。

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