第6話 塔での戦闘

「オラァ!!」


 バーゼルが叫びながら大剣をブラックタイガーにたたきつける。ブラックタイガーはその一撃を胴に受けて、真っ二つになって倒れた。


 ここは初級ダンジョン9階。初級のうちでも上層と呼ばれる階層だ。

 ダンジョンに出て来る魔物は、階層が上がれば上がるほど強くなってくる。

 この9階層の魔物は想定レベル9。もちろん魔物のレベルが分かるわけではないが、その強さからそう判断されている。

「ボス以外の魔物のLVは、その魔物が出現する階層の数字とほぼ同じ」そう考えて差し支えない。


「へへ、手ごたえねえな。」


スコージオが軽口をたたく。彼は風魔法でハイスパイダーを切り刻んでいた。


「当り前だ。LV10以下のやつらにLV15の俺たちが苦戦するかよ。」


 バーゼルがそう言い、イゴはコクリとうなずく。


 ユニスはプリシラと一緒に後方で戦闘を見ていた。これまでの所彼らに危険はない。5階で集団のコボルトに襲撃され、2体ほど漏れてユニスたちに迫ってきただけだ。その時もユニスは落ち着いてコボルトを1体ずつ仕留めて見せた。


 ユニスは何度もダンジョンに潜っているうちに、動物の動きを見切るすべを身に着けていた。

 コボルトなら右足に力を入れれば左に動くとか、ウルフはやや屈むとジャンプして飛びかかってくるとか、そういう動きを見切り、それに対応して攻撃をしたり避けたりしている。

 おそらくユニスは人より目がいいのだろう。何度か動きを見るうちにその「クセ」のような動きを見つけ、そのわずかな動きを見逃さずに予測して行動することが出来るようになっている。

 そしてそれは自身の経験として積み上がっていき、いまは初見の魔物でも何となくの予想くらいなら出来るようになっていた。


 そんなユニスの目で見てみると、バーゼル達のパーティはあまり筋が良くない。3人とも動きに無駄が多く、反応もやや遅い。これまでユニスが見てきた冒険者たちと比較しても、技術や動きはLV15の力はなくせいぜいLV12前後に見える。

 彼らの年齢は23歳だという。普通その年齢ならLV20でもおかしくないのだが、LV15にとどまっているのはそういった理由なのだろう。


「お、またおいでなすったか。」

「・・・数が多い。」


 5人の目前にティーガーウルフの群れが現れた。その数7体。

 ティーガーウルフは体に黄色と黒の縞があるのが特徴で、ウルフなのに「ティーガー」と名付けられている。この魔物はウルフ系統らしくスピードに優れている。


「大丈夫だ。7匹くらいならやれるぜ。」


 スコージオが余裕の笑みを浮かべ、イゴは黙って頷いた。


 3人と7体の戦いが始まり、ユニスとプリシラはやや離れたところで警戒しながら戦いを見ていた。


 その戦いを見て、まずいな、とユニスは感じた。実力差から言ってバーゼル達が勝つのは間違いないだろう。しかし相手の数が多ければそれだけ時間もかかり、対応できない個体も出てくる場合がある。そうなったらこちらに向かってくるかもしれない。


 そう思っていると、2体ほど倒したところで3人をすり抜けた1体がユニスたちに襲い掛かってきた。


「・・・」


 それを想定していたユニスは、無言で小剣を手に構える。

 さすがにまともに戦ってもティーガーウルフはユニスでは倒せない。いくら技術が高くてもLV1では絶対的な力が不足しているのだ。そのためユニスは防御に徹した。

 ユニスはウルフとの戦いは慣れているので、その動きを察知して爪を躱したり剣でいなしたりして攻撃を受けないようにする。そうしてバーゼル達がこちらに応援に来るまでの時間を稼ぐのだ。

 彼らはプリシラが傷つくのを嫌う。プリシラが怪我をすればそれがパーティに「分与」されて自分たちも傷つくからだ。

 しかし今回は数が多いためかなかなか応援が来ない。ユニスは攻撃を凌ぎつつもやや押されていく。

 なんとか相手の攻撃をかわしていたユニスだったが、相手の体当たりにより一瞬体勢を崩され、その隙にティーガーウルフを後ろに行かせてしまった。


「しまった!」


 ユニスが慌て振り向く。ティーガーウルフはプリシラに向かって跳びかかろうとしていた。


「ファイヤーボール!」


 プリシラの呪文と同時にファイヤーボールがティーガーウルフに向かって飛び、顔面に当たった。それによりウルフを一瞬ひるませたが、止めることは出来なかった。ティーガーウルフはプリシラに迫り、彼女に向かっ前足を振り下ろした。


「キャッ」


 プリシラは避けきれず、ウルフの爪がプリシラの左腕を傷つけた。


「お前の相手は俺だ!」


 その間になんとか追いついたユニスが、ティーガーウルフとプリシラとの間に割り込んで剣を構える。ユニスの腕にはプリシラの傷と同じ位置に傷が出来て血が流れだしていた。プリシラの「分与」の影響で、プリシラが受けた傷がパーティ全員に均等に分けられたためだ。

 ユニスとティーガーウルフが立ち止まって睨みあったまま対峙する。


「てぃ!!」


 そこへようやく追いついたバーゼルの大剣が後ろからティーガーウルフの首を切りつけた。


「ギャッ」


 短い断末魔を残して、ティーガーウルフはようやく倒された。ティーガーウルフが魔石を残して消えていく。ユニスは肩で息をしながらそれを眺めていた。

 

 そのユニスにバーゼルが無言で近づき、そしていきなりユニスの腹をめがけて蹴りを入れた。


「がっ」


 蹴りを食らったユニスは地面を転がり、止まったところでユニスは顔を上げてバーゼルを睨んだ。

 バーゼルはユニスを指さして言った。


「てめえ、コイツを怪我させやがって。ちゃんと守れって言っただろうが!」


 バーゼルの左腕にも傷が出来ていた。そのことを怒っているのだ。

 ユニスは立ち上がって服に着いたほこりを払いながら


「すまなかった。」


と言った。ただこれはバーゼルに向けて言った言葉ではなく、視線はプリシラに向いていた。


 元々彼らが逃したティーガーウルフで怪我をしたのだ。そのウルフをユニスはLV差がありながらも時間を稼いでいた。少なくとも一方的に罵られるような話ではない。

 だがユニスは反論しなかった。反論して素直に聞くような奴ではないことは、これまでの経験から知っていたからだ。『言うだけ時間の無駄』ユニスはそう感じてそれ以上は口にしなかった。


「傷が小さかったからよかったが、今度ヘマしたら承知しねえぞ。それと、てめえは早くヒールかけろよ。」

「は、はい。『ヒール』」


 プリシラが自分の傷に向けてヒールを唱えると、瞬く間に腕の傷が消えた。そしてヒールはパーティーメンバー全員に効果を発揮し、ユニスたちの腕の傷も消えた。


「よし、こんなとこで時間くっちまったぜ。ボス部屋へ急ぐぞ。」


 ドロップ品も回収が終わり、バーゼルの掛け声とともに全員が移動を始めた。


 移動中、プリシラは最後尾のユニスに近づくと小声で


「ありがとう。」


 とお礼をした。彼が必死で戦ったことが分かっていたからだ。

 だがユニスはちらりと彼女を見た後、視線を前に戻した。


「俺はお前を守れなかった。感謝される筋合いはない。」


 そうぶっきらぼうに言うと、ただ黙々と歩き続けた。プリシラも一言お礼を言いたかっただけだったので、軽くお辞儀をしてまた元の位置に戻った。



 幾度かの戦闘を経て、彼らは10階の深部を進んでいた。彼らの前方に、大きく荘厳な扉が見えてきた。


「やっと着いたぜ。いつもながら、ここまで来る時間がめんどくせーな。」

「全くだ。ボスのドロップ品がレア物じゃなかったら苦労した意味がねえな。頼むから高価なものが出てくれよな。」


 バーゼルとスコージオが軽く会話を交わしている。ユニスもここまでたどり着いたことでわずかに緊張を解いた。

 ボスは基本取り巻きも無く、単体で出てくる。なのでユニスたちまで危険が及ぶ心配はほとんどない。


 しかし、プリシラだけはなぜか浮かない顔をしている。


「どうした?」


 それに気付いたユニスがプリシラに声をかけると、プリシラは浮かない面持ちのままユニスの方を向いた。


「いえ、なんだか不安なんです。その・・・うまくは言えないんですが。虫の知らせというか、・・・なんだか嫌な感じなんです。」


 戦いを前に不吉なことを言うプリシラに少しだけ顔をしかめたユニスだったが、咎めほどではないと思い、安心させるような言葉を口にした。


「気のせいだろう。ここまで来ればあとはボスだけだ。危険はない。」

「でも・・・」


 ユニスが言ってもプリシラは不安顔のままだ。ユニスはため息をついて言った。


「そんな顔してると幸運が逃げちまうぞ。幸運が欲しけりゃ笑顔でいろ。」


 そう言われたプリシラはきょとんとした顔でユニスを見た。ぶっきらぼうで表情が少ないユニスにそんなことを言われるとは思っていなかったからだ。しかしすぐに顔に笑顔を作っていった。


「はい。わかりました。ユニスさん、ありがとうございます。」


 笑顔でお礼を言われたユニスは、しかしそのまま無言でプリシラから顔をそらして扉の方を向いた。


 そこにバーゼルの声が飛んだ。


「おい、レベイチ、プリシラ。準備はいいか。」

「は、はい。」

「俺はレベイチじゃねえ。ユニスだ。何度も言ってるだろ。」

「てめえはあだ名で十分なんだよ。・・・・

・・・・・・

・・・・・・

・・・・・・


 そんなやり取りのあと、彼らは運命の扉に手をかけ、そしてボス部屋の奥へと進んで行った。

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