第5話 プリシラ

 プリシラ。LV4。職業は『司祭』

 司祭は、治癒魔法やバフ魔法が得意な職業だ。同じように治癒魔法などを使える『僧侶』に対する上位職業に位置づけられている優良職だ。

 そして彼女はユニスと同じく3年間も冒険者として活動している、いわば同期だ。


 しかしユニスもそうだが、3年間活動していればLV10くらいになっていてもおかしくはない。なのに彼女はLV4。このレベルは1年くらい冒険者活動すればなれるものだ。

 なぜ彼女のレベルはこれほど低いのか。それには彼女の持つ『特殊能力』が関わっている。


 特殊能力とは通常の能力とは異なるその人固有の能力の事で、特殊能力を持つ者はそれにより常人より有利な効果を発揮するものが多い。そのため通常の人より活躍の場が大きく、冒険者に限らず、各分野のトップクラスの人はほとんどが特殊能力をもっているとも言われている。

 主な特殊能力には、ある一定時間身体が強くなる「強化」や、遠くのものが見えるようになる「視力」、植物に関する知識を得られる「植物」など、その他にも「幸運」「直感」「気配」「教育」「建築」など様々な種類が知られている。

 しかしこの特殊能力は全員が持っているわけではなく、逆に持っていない人の方がほとんどだ。ある統計では、特殊能力を持つのは30人に1人と言われる。それほど特殊能力をもつ者は珍しいのだ。当然特殊能力を持つ者はその能力を見込まれ、様々な組織から引く手あまたの状態だ。


 しかしプリシラの場合は少し事情が異なる。

 プリシラの持つ特殊能力は『分与』。その能力は、正直微妙だ。

 この「分与」の能力は、一言で言うと「自分が受けたものを、パーティメンバーに均等に分け与える能力」ということになる。

 プリシラからパーティに”分与”されるものは、「経験値」「回復」などのパーティにとって有効なバフ効果のあるもの以外に、「ダメージ」「毒」「疲労」などのデバフ効果がある。彼女とパーティを組んだ者たちは、好むと好まざるとにかかわらず強制的に彼女から上記の効果を分配されるのだ。


 パーティのメリットの1つを説明すると、

 魔物を倒して経験値を得た場合、例えば倒した魔物の経験値が100であった場合5人パーティで各人20ずつ経験値を得られる。ここで分与の効果が発動し、プリシラが得た20の経験値の1/5である4の経験値が各人に追加で与えられ、20+4で合計24の経験値を得られることになる。逆にプリシラ自身は4の経験値しか得られない。

 プリシラの現在のLVの低さはこの経験値の分与の影響によるもので、経験値が貯まりにくいため彼女のLVは上がっていないのだ。


 ではパーティのデメリットはどうか。

 プリシラが戦闘で骨折するほどのダメージを受けた場合、しかし『分与』の能力により彼女のダメージは5人に均等に分け与えられてダメージ量が低減され、プリシラは骨折までには至らない。毒も同じで、その効果が1/5に薄まるため彼女への影響はかなり少なくなる。

 しかしパーティーメンバーにとってはたまったものではなく、彼女の受けたダメージや毒が1/5に減少しているとはいえ問答無用で彼らに分与されるのだ。


 このように彼女の「分与」は、有益な効果も悪い状態も変わらず均等に分与されてしまうのだ。これではパーティメンバーはプリシラとその特殊能力に対しあまりいい思いは抱かないだろう。事実、プリシラはパーティにいたとしても長続きせず、現在は彼女はソロで、たまに『経験値』を目当てにしたパーティに臨時で入ることがほとんどだった。



 ユニスはプリシラを見る。

 彼女は恥ずかしがり屋であまり積極的に表に出てくるような性格ではない。今も少しうつむき加減でモジモジとしている。

 そのプリシラを見て、ユニスはこの気の進まない依頼に少しだけ価値を見出すことが出来た。


 実はユニスは彼女を気にかけていた。ユニスのようにレベルが全く上がらないわけではないが、彼女はレベルが上がりにくく、しかもその能力ゆえにパーティに長く居づらい。

 ユニスは自分と似たような境遇のプリシラに一種のシンパシーすら感じていた。プリシラとともにとダンジョンに入るならば彼女を守るのは自分の役目になるはず。いつもよりやりがいを感じる。

 しかしユニスはそれをおくびにも出すことはなく、プリシラに会ってもいつもの無表情を崩すことはなかった。


「おめえの役割は、このプリシラをケガさせねえようにすることだ。ちゃんと守れよ。なあに心配するな。道中の敵は俺たち3人が全部倒してやるからよ。間違っても死んだりすんじゃねえぞ。」


 予想通りバーゼルはユニスにプリシラを守るように指示した。

 ボス部屋にもLV条件が適用される。そのため途中でLVが低い者が離脱したら平均値が上がり、ボスと対戦できなくなる。バーゼルの言う「死ぬな」とはボスと戦うためであって、決してユニスとプリシラを気遣ってのことではない。


「分け前は前回と同じか?」


 ユニスは報酬の話を切り出す。こういうことはきちんと事前に決めておかなければ後で揉めるのだ。このバーゼルは特に。


「ああ、魔石の金は頭割りしてやろう。だがドロップ品は全部俺たちがもらう。」

「わかった、それでいい。」

「よし、決まった。じゃあ明日の朝ここで待ってるぜ。」


 バーゼルはユニスの同意を取り付けた後は、もう用はないとばかりにユニスとプリシラを残して去っていった。


 残されたユニスとプリシラは、少しの間黙って立ったままだった。ユニスは相変わらず無表情だが、プリシラは落ち着かないようにユニスの顔を見たり、視線を外したりしていた。


 ユニスとプリシラが一緒にダンジョンに入るのは初めてではない。バーゼルのパーティではないが、すでに別のパーティの臨時メンバーとして数回一緒に組んだことがある。その時も「レベル調整要員」として基本的には後ろで戦闘を見守るだけで、ユニスはたまに漏れてくる魔物と対峙したり、プリシラはけが人にヒールをかけたりするくらいだった。


「あ、あの、ユニスさん。明日はよろしくお願いします。」


 意を決したようにプリシラがユニスに言った。それに対し、ユニスは興味なさげに答えた。


「ああ、前の時と同じだ。お前を守る。それだけだ。」


 ユニスはそう言うとくるりと彼女に背を向け、ギルドから出て行った。

 プリシラはユニスに何かを言いかけたが、声に出すことはなく、去っていく彼の背を見ながらその場にしばらく佇んでいた。

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