第4話 レベル1
レムシア王国の都市バランは、別名『塔の街』と呼ばれている。
その名の由来は、街を外から見ればすぐに判る。城壁に囲まれた街の中心には、天にも届くかと思われるほどの高い塔がそびえたっているのだ。
この塔は、いつ、誰が、何のために建てたのか、いまだに分かっていない。この国最古の歴史書を見ても、『最初からそこに有った』としか書かれていない。
これを作ったのは神だ、いや古代人だ、いや空から降りてきた人だ、など今も昔も議論されているのだが、結論には全く至っていない。これからも結論付けられることはおそらくないだろう。
その塔だが、中はどうなっているのかは判っている。毎日少なからぬ人間が出たり入ったりしているからだ。
その塔は「ダンジョン」なのだ。
塔の中は魔物が生息し、倒すと魔石と稀にアイテムや武器などをドロップする。
魔石は光や熱などのエネルギーになったり、魔道具の動力源になったりと様々な用途に使える。そのため人々は魔石を求め、ついでにドロップ品とを手に入れようとこぞって塔に入り、現在でもそれは続いている。
そんなダンジョンには当然、成り上がりたい者や、一攫千金を求めた冒険者たちが国中から集まってくる。そして彼らの活動や生活を支えるために、また人が集まり、品物が流れ込み、商機が生まれる。
塔の周りにはどんどんと人が集まり続け、それが次第に大きくなり、ついには都市と呼ばれるくらいまでになった。それがバランの街の成り立ちだった。塔の街バランは、その名の通り「塔」によって成り立っている。
◇◇
「よう、レベイチ。」
依頼を受けようと冒険者ギルドの掲示板を眺めていたユニスは、自分を呼びかける声に不機嫌な顔を向けた。
「ユニスだ。レベイチじゃねえ。」
「うるせえなあ。レベル1なんだからレベイチでいいだろ。呼びやすいし覚えやすいぜ。」
ユニスは男に苦情を言ったが、ユニスに呼びかけた男はヘラヘラ笑って聞き流した。ユニスは小さく舌打ちして掲示板に向き直った。
呼びかけた男、バーゼルはいつもユニスの事をいつも「レベイチ」と呼んで小馬鹿にしていた。性格もケチでしつこく、自分の事しか考えない男だ。当然ユニスはバーゼルの事が嫌いだ。
ユニスはバーゼルとこれまで2度ほど臨時パーティで組んだことがある。2度とも彼らが初級ボスを討伐する時に一緒に行ったのだ。
「明日またボスを倒しに行くから、おめえを『レベル調整要員』として臨時のパーティに入れてやるよ。」
バーゼルはユニスの様子にお構いなしに用件を伝える。要は3度目のボス討伐パーティへのお誘いだ。いや、言い方からして誘いというより命令だった。こういうところもユニスには気に障る。ユニスは彼が大嫌いだ。普通だったら絶対に断る話だ。
しかしユニスは断らなかった。
ダンジョンは何といっても実入りがいい。初級ダンジョンの上層に行けば、下層とは比べられないほどの金が手に入る。ボス戦ならばなおさらだ。
それにダンジョン上層の魔物との戦いはいい戦闘訓練にもなる。ユニスはレベルの低さを戦闘技術でカバーするため、出来るだけ魔物との戦闘を経験しようとして、それを実行いた。
これらの理由で、ユニスはバーゼル達のパーティと臨時で共に行くことを(渋々)了解した。
だが、なぜレベル1のユニスがダンジョンに、しかもボス戦に誘われるのだろうか。実はそこにはこの塔のダンジョン特有のシステムが関係している。
塔のダンジョンは、3つの区域に分かれている。1階から10階までの初級、11階から30階までの中級、31階から50階までの上級ダンジョンの3つだ。
この塔に入るには、まず『判定室』と呼ばれている部屋に入らなければならない。
判定室に一度に入れるのは5人まで。6人以上判定室に入った場合には塔には入れない。5人以下の場合には部屋中央に魔法陣が現れ、彼らをダンジョン内へと転移させてくれる。6人以上ではその魔法陣が現れないのだ。
魔法陣は冒険者たちの力量に相応するダンジョンへとつながっていて、その魔方陣に乗ると彼らは初級、中級、上級のいずれかのダンジョンに転移することになる。
そして等級の割り振りの基準は、これまでの経験則からすでに明らかになっている。その基準は、判定室に入った「冒険者の平均レベル」だ。
初級ダンジョンに行く魔法陣が現れるには、以下の条件でなければならないことが分かっている。
1.全員のレベルの平均が10以下である事
2.冒険者のうちの最高のレベルが15以下である事
この2つだ。
例えば、5人のうち4人がLV10で、あと1人がLV11の場合には、合計が51レベルとなって平均が10を超えるため初級ダンジョンには入れず、一つ上の中級ダンジョンになってしまう。
また、LV16、13、9、7、5というパーティだった場合、合計は50で平均レベルは問題ないが、「最高レベル15」というところに引っかかるため、やはり初級ダンジョンには入れないのだ。
ちなみに中級ダンジョンの条件は、平均LV30以下、最低LV5以上最高LV35以下であり、上級ダンジョンは平均設定は無く、最低LV25以上である。
話を戻そう。
ユニスがLV1であるのにパーティに誘われる理由、それは彼が「熟練のLV1」だからである。
初級ダンジョンに入るには平均レベル10以下でなければならない。もしユニスがパーティに入れば、LV9分の余裕が出来てその分高レベルの冒険者でパーティを組むことが出来るのだ。
一般的にレベルが1つ上がれば、強さが2割増しになると言われている。それをもとに単純計算で考えれば、LV10の5人よりも、LV15の3人の方が強いことになる。実際の戦いでも、明らかに後者が強いという結果も出ているのだ。
つまりLV15近くの高レベル冒険者をパーティに入れることで攻略を有利に進めることが出来る。そのためには平均を下げるためにレベルの低い冒険者をパーティに入れる必要があり、それこそが低レベルであるユニスが必要とされている理由なのだ。
だがユニスがダンジョンに誘われる理由はレベルだけではない。
LV1で良いならば新人を連れて行けばいいじゃないかと言うだろう。だが実際LV1の新人などほぼいない。LV1の新人冒険者は、2週間もすればすぐにLV2に上がる。3ヶ月でLV3は堅い。つまり低レベルはレベル上昇が速いため、実際には低レベルの人材などまずいないのだ。
仮にLV1のド新人をダンジョンに連れて行ったところで、全く役に立たないどころか足手まといになるのがオチだ。上階なんて秒殺だろう。それではダンジョンに連れてはいけない。
しかしユニスは、LV1とは思えないほど技量がある。冒険者になって3年間、レベルが上がらない中でも常に鍛錬をして技術を磨いてきた。LVが上がらないためステータスの加算はないが、それを自身の戦闘技術で補うことが出来ているため、「実質はLV5の力を持っている。」と周囲の冒険者からも認められているのだ。
そういうわけで、ユニスは主にLV10~15の冒険者たちから臨時パーティを依頼され、初級ダンジョンに同行することが往々にしてあるのだった。
◇◇
「俺はもうすぐLVが16に上がるだろう。仲間のスコージオとイゴも同じだ。そうなりゃ初級とはおさらばだ。だから今回で初級ボス戦は最後だぜ。」
バーゼルが笑いながらユニスを見て言った。その目は言外に「おめえは一生LVが上がらねえから、中級には行けねえだろ」と蔑んている。
ユニスはそんなことはもう慣れっこだったため、気にせずに聞き流すことにした。
「お前ら3人がレベル15なら、もう一人要るんじゃないのか。」
4人合計でLVが46なら、LV4以下の冒険者がもう1人必要だ。そう考えユニスはバーゼルに聞いた。
「そいつはもう見つけているぜ。」
バーゼルは後ろを振り向くと、それを合図にしたかのように彼の後ろから少女が出てきた。
少女はちょこんとお辞儀をしてユニスに挨拶した。
「よ、よろしくお願いします。」
「・・・やっぱりお前か。」
ユニスはバーゼルの横で少し恥ずかしそうに縮こまっているプリシラを見て、納得のため息をついた。
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